約 4,593,423 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1789.html
73 : 少し大きな本屋さん 2010/08/17(火) 21 17 32 ID wiKAW/bw0 Q 見知らぬ人にメアド交換などを迫られたらどうしますか? A まぁ、普通は断るよな。 でも、ねぇ。 相手は美人さんだったからなぁ。別に関係は無いんだけど。 なーて考えながら本の整理などに勤しむ。 結局、俺は早く仕事に取り掛かりたかったためにメアドを交換した後に「二度と万引きしたらいけませんよー」と覇気のない捨て台詞を吐いて、何か言っていた(多分感謝に言葉)彼女を無視して勢い良く扉を閉めたのだ。 閉める直前に見た彼女の顔は赤みがかかっていたが冬の寒さによるものだろう。今11月だし。 まぁ、結論から言えばなぜメアド交換しようと言ってきたのかとか、悪用されるかもしれないとか、色々深く考えずに交換してしまったためにかなり不安で仕方ない。 はぁぁと深く溜息を吐きながら小説コーナーへ移動する。 にしても一階しかないのに地味に広いよなぁ、うちの本屋。その所為か俺含めて8人も雇っているし。 たしかそのうちの2人ぐらいは返品作業をしてるんだっけかな? まぁどうでもいいけど。 小説コーナーに到着ー。 万引き犯さんが盗み損ねた品二点をあるべき棚に無断で直す。 これで万引きは無かったことになる。はず。 ここら辺の整理もしとくかな。今日はここら辺のコーナーの客少ないみたいだ。 ここからは色々仕事だらけなので割愛。 というかこんなとこ書いても需要がないのである。なんの需要かは知らないけど。 そんなわけで、チョキチョキーと。 74 : 少し大きな本屋さん 2010/08/17(火) 21 18 21 ID wiKAW/bw0 つーかーれーたー。 仕事の後の脱力感が体にひしひしと纏わりついてきて微妙に気持ち悪い。 目を閉じたら立ったまま寝れそうなので我慢せねば。あー、だるい。 「お疲れだねぇ」 隣にいつの間にか若宮さんが立っていた。コエー。 「そうでーすね」 若宮さん(♀)とは俺のバイトの先輩である。といっても年は同じみたいだけど。 情報としてはそれだけだ。未だに名前がわからない。 それでもそれなりに仲が良い。世の中不思議だねぇ。 「相変わらずやる気がないな、それだと早死にしてしまうと昔誰か言ってたぞ」 「別にそれでもいいんだけどねー」 今考えた感まるだしのお言葉ですね、それ。 「私は君が死ぬと困るんだけどね」 「なんか言いましたか?俺耳遠いので聞こえませんぜぇ」 実際は若宮さんの声が小さくて聞こえなかっただけですけどー。 「それだとただ誤魔化しているみたいに聞こえるんだけどね、まぁどうでもいいさ」 ちなみにこれ、君の真似ね。と呟きながら笑う彼女は、やっぱりお姉さんみたいな人だなぁと思う。 「そういえば、君、万引き犯の女子高生を捕まえたって聞いたんだけど本当かな?」 「あぁ、それですか」 普段と変わりない雰囲気で今日のことを聞いてきた・・・・・・・ はずなんだけど微妙に違和感がぴりぴり。俺、なんかしましたかね? 「どーでもよかったんで適当に本を戻してもらって裏口から返しましたよ」 「本当かい?」 少し若宮さんにしてはねちっこい。別に嘘ハ吐イテナイデスヨー。 「本当ですよ。どこかのAVみたいな事はしてませんて」 「君は狼っていうより猫だからね。そんなことは言わないでもわかるさ」 なんか男として馬鹿にされた気分。だからって傷つくわけじゃないけどさ。 「だから、」 「本当に何もないんだよね?」 不安そうな顔が普段の表情と交じり合ってなんとも曖昧な顔になる。って俺には見えた。 あー。なんか少し自己中気味だなぁ、自分。それじゃぁ若宮さんが俺に気があるみたいじゃないか。そんなことあるわけ無いのに。 「はい、何もなかったですよー」 女子高生との密談についてはノーカウント。 「そうか、それは良かった。店長が少し休憩室がうるさいって言ってたからね。私も気になっていたんだよ」 そうか、そうか、って何回も満足して頷く。 「それじゃ、帰ろうか」 75 : 少し大きな本屋さん 2010/08/17(火) 21 19 18 ID wiKAW/bw0 用事の済んだ子供みたいに早足で定員用の出口から出る。 それに続いて俺も出てみたが、夜が深けてる所為で体が一瞬で凍りつく感覚が体中に走る。 簡略すると寒い、寒い! 「あー寒い寒いさむっ!」 「そう大声出さなくてもいいだろうに」 いや、めっちゃ寒いですよこれ。 一応はコート着てますけど寒さが隙間を見つけて入ってくる感じがもうだめ。 「今更なんですが、別に一緒に帰らなくてもいいんじゃないですかー、結構恥ずかしいんですよ」 話題が思いつかないから少し大きな声で前に何回か尋ねたことを言う。寒さは一向に体から離れない。 「道が途中まで一緒なのだからいいじゃないか。それに一人で帰るのはつまらないからね」 「いや、それの所為で前、若宮さんとの関係を疑われたんですから」 これもくどいように聞いてきた。答えはいっつも同じだったけど。 「別に私は気にしないからどうでもいいのだよ」 まるで決め台詞のようにハキハキと呟く。まぁ定番化してるししょうがないかなぁ。 「さいですかー」 こっちも定番化した台詞を口から零す。 別にオリジナリティは求めていないので。 それからは無言が続く、続く。 若宮さんと帰りが一緒になったときはいつもこんな感じで帰るのです。 どちらも会話にするネタとかそんなものは持っていないから。 思いついた事を口にして、2,3回喋ってまただんまり。 それの繰り返し。 だからって別に空気が重いわけじゃない。 若宮さんと俺との関係はそんなものだから、限りなく他人に近いものだから、だから気楽に隣同士で歩けるんだろう。 まぁ、自分勝手に解釈してるだけだけどー。 しばらく歩いて住宅地に入る。そろそろお別れだなぁ。 住宅地に入ってからすぐに、俺たちは別れるのだ。 「それじゃ、また明日に会おう」 「なんでそんなにハキハキとしてらっしゃるんですかねぇ。はぁ、さようなら」 そういって俺は自分の家を目指す。振り向きはせずにただまっすぐ。 風呂、どうしよっかなぁ 「こっちが溜息つきたくなるよ」 「それに、嘘を吐くのはいけないことだって習わなかったのかな?」 「罰として、うむ、そうだな」 「歯ブラシを没収しよう。うん。そうしよう」 「あと」 「あの女子高生についても調べなければいけないな」 「害虫は早めに駆除、と誰か言ってたような気がするからね」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2180.html
30 名前:girls council ◆BbPDbxa6nE[sage] 投稿日:2011/04/07(木) 21 26 18 ID 0tpXFGR6 [2/13] 第二話 自宅と言うモノは一番落ち着ける場所だ。 「結局にぃにぃはどうするのかな?」 俺の目の前には、セミロングの黒髪で、どこかおっとりとして、幼い雰囲気をまとった少女、鳴宮美帆がいた。俺の妹。俺とは一つ違いで共に宮越高校に通っている。 もぐもぐと。動く口元が可愛いし、俺への呼称、〝にぃにぃ〟とは素晴らしいな。 ……とかはともかくとして。 本当によくできた、本当に可愛い妹だ。どこに出しても恥ずかしくないくらいの。 ……どこにも出す気はないけど。 「……一応、入るよ。でも間違いなく女子生徒会の人気は落ちるだろうなぁ、俺が入ることで。篠原は何を考えているのやら」 ただいまの時刻は二十時十五分。 現在二人で夕食中。美帆が作ってくれた料理を俺達は今食べているわけだが、これがまたうまい。良くこんなにうまいものを作れるなと、感激する。 やっぱり本当によくできた、本当に可愛い妹だ。どこに出しても恥ずかしくないくらいの。 ……どこにも出す気はないけど。大事な事だから二回言ったぜ。 何ならもう一度言おうか? 「ふぅん……そう、なんだ。でも、わたしはやめた方がいいと思うなぁ。だってにぃにぃだし。にぃにぃだし。……にぃにぃだし、にぃにぃだし、にぃにぃだし」 俺だから何だというんだ。と、心の中で少し文句じみた事を呟くものの、でも、やっぱり〝にぃにぃ〟と呼ばれるのが嬉しい。 そんな毎日の日課と化している妹愛でを脳内で行いつつも、今妹と話している内容――第二生徒会書記に俺が任命されたことについて、もう一度おさらいしてみることとしよう。 第二生徒会、通称女子生徒会会長篠原瑞希の脅迫により、俺は書記にさせられた。 うん、一行で終わったな。 つまり、今夕食を食べながら、書記に任命された事を話しているところだ。 初めに話した時は「へぇ。にぃにぃ生徒会役員さんになるんだ。格好いい~」と笑ってくれたのだが、どうも……女子生徒会だと知ってからの美帆は少しおかしい、狂っているとさえいっても良い。いつもは優しい子なんだが、時々何だか機嫌が悪いように話す時がある……どうしてだろうか。 「……………誰も話しかけないと思ってたのに、甘かったか」 ぼそぼそぼそっと、何かを美帆がささやいた。 生憎俺には聞こえなかったのだが、うつむいて箸を握りしめながらささやいているその姿は、なんだか呪いをかける仙術師の様だった。 「み、美帆、どうした?」 「……………何でもないよ、にぃにぃ」 じゃあもっと明るい顔してくれよ。 とか思いつつ、そこから会話が途切れたまま、妹との楽しいディナータイムは終わった。 「はぁ、疲れたな」 夕食後、風呂に入った後の俺は妹と顔を合わせることなく自室に戻った。 ベッドに横たわった瞬間から体中から抜けていく疲労感と、侵入してくる眠気は、いつもよりも多く感じられた。確実に篠原のせいだけどな。 「…………篠原、瑞希か」 転校してから一週間。 素晴らしいくらいに俺の悪評が学年中、いや、学校中に広まってしまっていた。 だから俺は一人だった。 だから俺は悲しかった。 だから俺はつらかった。 だから俺は寂しかった。 だけど俺は、誰とも交われなかった。 だって誰かと関係を持てば、その誰かも俺と同じように軽蔑の対象になるから。 篠原瑞希だって知らないわけでは無かろうに。 三年生で生徒会会長をしている彼女に、俺の噂が伝わってないわけないのに。 どうして俺に近付いた? どうして俺に話しかけた? どうして俺を誘った? どうして俺を必要としてくれたんだ? 分からない、何も分からない。 「………考えるだけ無駄か」 結局そういう結論に落ち着く。俺がいくら考えたところで、その結果もたらされたモノが果たして事実にどれだけ近くなりえるのか。恐らくかすりもしないだろう。俺程度の頭であの毒舌篠原の考えを理解しようだなんて、それこそバカなことだ。 でも、それでも。 どれだけ強がった言葉を並べて、考えて、表現しようとしてみても、俺の心の大半は温かい気持ちに包まれていた。――それは感謝の念。 ……ありがとう。 こんな俺に話しかけてくれて。本当に、寂しかった。本当に、つらかった。 「あり、がとう……しの…………は、ら」 どうせ聞こえるはずはないんだけれども。 俺は篠原に感謝した。そして世界は暗闇に包まれる。 今日は心地よく、寝むれそうだった。 ―――ちゃんと聞こえたよ、拓路君。 31 名前:girls council ◆BbPDbxa6nE[sage] 投稿日:2011/04/07(木) 21 27 16 ID 0tpXFGR6 [3/13] 「ちょっとそこから飛び降りてみてくれないかしら、鳴宮君」 「………………は?」 第二生徒会、通称女子生徒会室(五階)に、俺は二度目に足を踏み入れていた。 そこには相変わらず、美しい容姿をまとった悪魔、篠原瑞希が、豪華なイスに優雅に座っていたのだが、お互いに何も話す事がないまま、一時間ほど経っていた。 ただ座っているのに飽きていた俺は、手持ちの小説を読んでいたのだが、不意に話しかけてきた篠原の一言によって、ピクン、と、小さくはあったけれども、俺のアホ毛は揺れた。 ギギギ、とでも言いそうな。ロボットが動き出すときみたいな音を出しながら俺は篠原の方を向いたのだが、何もなかったかのように平然と座っていた。 「まったく。あなたはもしかして日本語を理解していないのかしら? それとも耳が壊れているのかしら?」 「いや待て。俺は日本語を理解しているし耳も壊れているわけじゃない……と信じたいために聞く。その、今何て言った?」 「ちょっとそこから飛び降りて無傷で着地してくれないかしら、鳴宮君」 「さっきと言っていた事と微妙に違う! ハードルが三千メートルくらい高くなっただろ!」 「何だ、聞こえているんじゃないのよ。嘘はいけないわ」 「ごめんなさいねぇ! マジで俺の脳か耳が壊れているんじゃないかと疑ったから聞き返したんだよ!」 良かったね、俺の脳と耳。どっちも悪くなかったよ。 悪いのは目の前の悪魔だったんだ。 「なら、ほら。早く飛び降りてみて」 「ほら、じゃねえ! そんな当たり前の行動みたいな感じで提案するな! それに俺が飛び降りることに意味はあるのか? いや、意味があったって飛び降りないけどさ!」 「え、どうして?」 「心底意外そうな顔するな!」 俺の憤りを目の当たりにした篠原は一度、はぁ、とため息をついたかと思うと、飽き飽きした顔で、眉間に指をあてながら、心境を吐きだした。 「………………暇なのよ」 「暇で人を殺そうとするなよ!」 俺は勢いに載せて指を篠原に向けたのだが、そんなモノに目もくれず、落胆したような声で話し始めた。 「だって今日は、会計が来るって聞いていたから待っているのに……なかなか来ないのし」 その言葉を聞いて、俺は篠原の昨日の一言を思い出す。―――会計は副会長が今日連れてくる算段になっているの。―――とかなんとか。 「会計って……そういや昨日言ってたな。副会長が連れてくるって」 「そうなの……まったくあの子は何を―――」 バタンッ、と。 大きな音が背後から聞こえた。 恐らくこの後に「何を考えているのかしら」と続くはずの篠原の言葉はその音に遮られ、それと同時に俺たち二人はドアの方を見た。 「………………」 そのドアからは、一人の女の子が入ってきた。決して勝手にドアが開いたとかいうような超常現象の類ではない。 その女の子、霧島翼(きりしまつばさ)は息を切らせて、すぐに机に伏してしまったためにこちらの姿を見てはいなかっただろうが。……畜生、超常現象の方がずっと良かった。 まったく、運命と言うのはひどく強引で、ひどく勝手で、ひどく残酷なモノだな。 「会長ぉ~聞いてくださいよ。ボク一生懸命に探したんです。でもどの子も「部活があるからごめんね~」とか「あんまり目立つ事はしたくないから」とか言って断るんですよ~」 あくまで、こちらを見ないままに、霧島は幼声で会長に現状報告をする。 「そんな過程は聞いていないわ。結果を簡潔に、五文字で述べなさい」 そんな霧島の口調とは真反対の篠原は、少し苛立ちを見せながらも、言葉を返した。 つか、五文字って……何気に難しいな。 「無理でした」 あ、できた。 「よろしい。いや、とてもよろしくない」 篠原は素直に五文字で言えた霧島の事を褒めようとしたが、途中で任務が、会計を見つけるという任務が、果たせていない事に気付きそのクールな顔で平然と告げた。 「くそぉ~。……そう言えば、会長は書記を見つけて―――」 「ッ!」 不意に、目があった。 顔をあげた霧島の大きな瞳と、彼女から目を離す事の出来なかった俺の細い線のような瞳とが、自然にあってしまった。 互いに驚いたまま声が出せない中で、霧島が一言、呟いた。 32 名前:girls council ◆BbPDbxa6nE[sage] 投稿日:2011/04/07(木) 21 27 52 ID 0tpXFGR6 [4/13] 「……タクジ」 どこか懐かしい声。 「…………………タクミチ、だ」 そしてようやく俺も一言発する。 ――俺の名前、拓路はよく〝タクジ〟に間違えられる。 そして俺の事を、〝タクジ〟と呼び続けた少女が昔いた。 恐らく世界中で、俺の事を〝タクジ〟と一番多く呼んだ人間だろう。 「え……でも、どう、して? タクジはこの学校の生徒じゃないはずなのに」 俺の指摘にもお構いなしに〝タクジ〟と呼ぶところは昔と変わっていないのだが、変わったのは外見。まず、当り前だが背が伸びた事。 最後に会ったのは小学二年の時だったから、あれから四十センチ近く伸びているだろう。 後、髪の色が黒から茶色になった。染めたのだろう。 そして何より、女性らしい体つきになった。 エロい意味で言うつもりはないが、良い体をしている。 でも、そんなことは、俺には、どうでも、良い。 「……………転校、してきたんだ」 「転校? ボクそんな話一つも――」 「そういえば、あなたインフルエンザでここ一週間休んでいたわね。昨日から来ていたみたいだけれど……彼の噂とか聞いてないの?」 俺の事を少しも知らないという霧島の態度を見かねて、篠原が弁解してくれた。 「噂? ッて……あぁ、あれね。そう言えば誰かが言っていた気がするけど、聞き流してた」 えへへ。とでも言わんばかりに霧島は頬を緩ませた。 その緩んだ顔が幼いころの霧島の顔にマッチする。 外見は変わったと言ったが、やっぱりあまり変わっていないのかもしれない。 でも、そんなことは、俺には、どうでも、良い。 「え、ッていうことは、今年度前期の書記って……タクジの事?」 「そうよ」 篠原が肯定を示した瞬間、霧島の顔に笑顔の花が咲いた。 「そっか。そっか、そっか、そっか、そっか、そっか! うんうんうんうん」 そして激しく自分の体を抱きしめながら、まるで踊るように一回転した。 「またよろしくね! タ・ク・ジ」 本当に顔に「今ボクは幸せです」とでも書かれているような霧島は俺に手を出した。 それは握手を求める、親愛の儀式。 でも、そんなことは、俺には、どうでも、良い。 しつこいかもしれないけど、大事な事だから三回言ったぜ。 「……………」 黙ったままの俺に、 「どしたの、タクジ? ほら」 霧島の手が伸びてきて、掴もうと―― 「…………………あら、こんなところにゴミ虫が」 どことなく不機嫌そうな声を出した篠原。何やら俺をひどい言葉で形容したかと思ったら、それこそ光速で、突然その両の手で俺を突き飛ばした。ドーン、と。 漫画なら可愛らしくこんな擬音語がついてくれるのかもしれないが、今の俺を襲った衝撃はそんなモノでは表現しきれない。適切ではない。 あえて言うなら、ドッカーン、だ。……この擬音語もちょっと可愛すぎるな。 とにもかくにも俺は、ゴロゴロゴロと部屋の隅まで吹っ飛んだ。 「かか、会長! 何をやってるんですか」 その一瞬の出来事を見ていた霧島は慌てふためく。 「いえ。ただここに大きなゴミ虫がいたから」 「ゴミ虫じゃないです! タクジですよ。まったくもぉ…………ほら、タクジ、立てる?」 少し頬を膨らませた霧島は俺に近付いて来て、無理やりに手を掴もうとした。 「――――ッ!」 それを俺は……振り払った。パチンッ、と。 「……へ?」 「ぁ…………………俺、今日帰ります」 まだ今の出来事に脳の処理が追い付いていない霧島に対し、俺は一人で立ち上がり、篠原に一言告げてこの部屋を出た。 畜生、本当に胸糞悪いな。 ―――俺が女子生徒会室を去った後。 「にゃ、にゃに?」 想定外の出来事に、呂律が回っていない霧島と、 「………………また今日も、言えなかった」 誰にも聞こえないほどの小さな声を発した篠原がいた事を、俺は知らなかった。 33 名前:girls council ◆BbPDbxa6nE[sage] 投稿日:2011/04/07(木) 21 28 11 ID 0tpXFGR6 [5/13] あ~あ。マジねえよ。 こんなに早く過去話とかありえねえって、普通。まだ二話だぜ、二話。 と、誰に説明するわけでもなしに、俺は一人、心の中で悪態をつきながら帰路につく。 いつも見慣れた街並みを歩きながら、ふと立ち止まり、空を見上げた。 吸い込まれそうなくらいの大きな暗闇が、どことなく、今の俺の心境に似ていた。 「…………」 でも、それでも。 いずれは語らなければいけなかった事が、今、回ってきただけだ。しょうがない。 諦めるしかないな、俺。がんばって説明しろ、俺。 フハハハハ。しかし安心しろ。この俺、鳴宮拓路には人に語りたくない過去など山ほどあり、〝鳴宮拓路と霧島翼の小学生時代〟なんてその中の一つにしか過ぎないのだからな。 まだ私は、秘密の過去を二回残しています。みたいな感じの。 「…………むぅ」 だから、その……つらい事には、たくさん、慣れてるんだよ。 …………ま、嫌な事は手短に終わらせて、美帆のうまい飯でも早く食べよう。 そのために、この件については四百文字程度で、語らせてもら――― 「まだ早いですよ、にぃにぃ」 「その話はまだ早いです」 「だって今は二話なのですから」 「それに、にぃにぃが語らなくたっていずれは霧島さんが自ら語ります」 「にぃにぃは、世話を焼き過ぎです」 「それに、その話には〝わたし〟が出てきちゃうじゃないですか」 「嫌だなぁ」 「にぃにぃには、矛盾に気付いて欲しくないなぁ」 「嫌だなぁ」 「にぃにぃには、世界が違うことに気付いて欲しくないなぁ」 「にぃにぃには、今、思い出す必要も、知る必要も、ない事だからね」 「だから駄目ですよ――にぃにぃ!」 ビリッ、と。 青い閃光が走ったと思うと、俺の体は地面に吸い寄せられた。 ―――暗転。世界が闇に包まれた。 「篠原さんに話しかけられて、生徒会に誘われて、浮かれ過ぎです。ちょっと調子に乗りすぎましたね、にぃにぃ。悪い子には……お仕置きです」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/791.html
210 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/10(火) 22 24 55 ID l55ZmRKf ・21話 ――そうして。 僕は独り、夜の校舎の前に立っている。 空に浮かぶ月はようやく真上にたどり着こうとしていた。真っ暗な夜の中、そこにだけ ぽっかりと穴が空いたかのように輝いていた。近くに街灯はない。懐中電灯なんて持って きていない。月明かりだけが頼りだった。 それでも。 闇の中、静まり返った校舎は、月明かりを浴びて――くっきりと浮かび上がっていた。 蜃気楼のように。 現実味もなく。 現実感の失われた景色。 日常から、遠く乖離した光景。 ソコにあるのは、昼間に通う学校とは、まるで別物だった。 ――異界。 彼女たちの言う、ソレにこそ相応しいのだろう。 「…………」 異界となった学校を、独り、見上げる。 当然の如く、周りには誰もいない。僕独りだ。独りきりだ。 神無士乃は傍にはいない。 神無士乃は何処にもいない。 如月更紗は傍にはいない。 如月更紗は、向こうにいる。 向こう側で――僕を待っている。 「……行くか」 僕は独りごち、校舎を乗り越えようとして……止めた。夜中の学校に正面から忍び込んで もし警報が鳴りでもしたら全ては台無しだ。 他の誰にも、邪魔されたくなかった。 幸い制服を着たままなので、闇の中に溶けるようにしてそう目立ちはしないだろう。と、思う。多分。 それでも補導でもされたら事なので、こっそりと、見つからないように気をつけながら校門沿いに裏手 へと周る。 「…………」 歩きながら――ふと、笑いそうになる。 補導。 見つからないように。 そんなことを、そんな当たり前のことを、当たり前のように考えてる自分に。 ――しっかりしろよ里村冬継。そんな『日常』が、一体何処にある? 心の中で誰かが囁く。 頭の中で自分が囁く。 そんなものはありはしないと。 幼馴染は狂っていて。 幼馴染が殺されて。 実の姉は狂っていて。 実の姉は殺されて。 クラスメイトは狂っていて。 クラスメイトが殺して。 狂気倶楽部。 マッド・ハンター。 アリス。 三月ウサギ。 魔術短剣。 ハンプティ・ダンプティ。 そんなもののどこに――日常がある。 狂気しか、ないじゃないか。 誰も彼もが、狂っている。 211 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/10(火) 22 34 11 ID l55ZmRKf 「……は、」 乾いた笑いが出た。笑わずにはいられなかった。 ――誰も彼もが狂っているのならば。 それは、彼ら/彼女らにとっては、日常に他ならないからだ。 基準点が違うだけの普通さ。アブノーマルなノーマル。 そこに――僕は今、自分から、脚を踏み入れようとしている。 「…………」 校舎の後ろに出る。グラウンドの端の方は一部がバックネットが低くなっていて、そこ からならば乗り越えて入ることができた。裏門でも正門でもない第三の道。這入るならば、 ここからが一番いいだろう。 フェンスに手足をかけて、昇る。一歩上へと進むたびに、がしゃり、がしゃりとフェン スは嫌な音を立てた。 「…………」 その音を聞きながら――僕は思う。 今、自ら、脚を踏み込もうとしている。踏み入れようとしている。踏み出そうとしている。 向こう側へ。 でも、 ――何のために? 自問する。 自らに、問う。 ――誰のために? 誰のために夜の校舎へと向かっているのか。誰のために夜の校舎へと向かっているのか。 姉さんの死の真相を知るために? 神無士乃の死に仇討つために? それとも。 それとも、僕は。 如月更紗を―― 「……考えるな」 自分に言い聞かせる。今は考えるときじゃない。余計なことを考えれば、動くことができなくなる。 考えるよりも前に、動け。 全ては。 事の真相を、真実を知ってからでも――きっと、遅くはない。 「…………」 フェンスを乗り越える。僅かな距離を下へと降り、最後はいっきに飛び降りる。グラウンドの土の上に 着地して、制服の裾を払った。 手に持った鞄が、やけに重く感じる。 中に入っているものは――いつでも、取り出すことができる。 212 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/10(火) 22 49 09 ID l55ZmRKf グラウンドを横断して校舎へと近づく。間近で見上げるは、昼よりも一段と威圧感を放って見えた。 こうしているだけでわけもなく気圧されそうになってしまう。夜の校舎に明かりはない。どの教室も、 完全に寝入るように暗く静まっていた。この時間にもなれば、誰一人として学校内には残っていないの だろう。 本来なら。 暗くて、分からないけれど――このどこかに。 彼女が、待っている。 「…………」 そこで、気付いた。 「……どこにいるんだよ……?」 おいおい、ちょっと待て。ここまでシリアスできてそれが分からないとか洒落になってないぞ…… というか洒落以外の何でもないじゃないか……まさか学校中を探せとか言うんじゃないだろうな。 いや。 思い出せ。 確か、あの時。 神無士乃を殺した彼女は、確か言っていたはずだ。なんだったか――その前後のインパクトが強すぎて詳しく 思い出せないけれど、確かに、言っていたはずだ。 ――姉さんが死んだ場所に、『彼』を呼んだ。 そう、言っていたはずだ。 姉さんが死んだ場所。冬継春香が死んだ場所。 「……図書室、か……?」 直接に死んだ場所というのならば、それこそ『落下地点』なのだろうけれど……まさかそんな見通しのいい 場所を待ち合わせ場所に指定するとも思えない。そんな場所に間抜けにも突っ立っていれば、何かの際に外か ら見られかねないし――第一そもそも、ここからも人影は見当たらない。 図書室、だろう。 そこに、あいつが待っている。 五月生まれの三月ウサギ。 姉さんを殺したかもしれない、相手。 『彼女』がそこにいるのかは――分からない。 「…………」 校舎を前にして、僕は考え込む。真実を知りたいのならば、全てに決着をつけたいのならば、迷わずに 図書室にいくべきだ。そこから全てが始まったというのなら、そこで全てが終わるはずだ。 でも。 僕は、知ることよりも――姉さんよりも。 あいつのことを大切だと――一瞬でも、思わなかったのだろうか。 疑惑がある。確信にまでは満たない、かすかな疑惑が。夕焼けの道で、夜の道で、 あの地下室で感じた、微かな違和感。違和感とすら気付かない、今になって、冷静になって ようやく気付くような――些細な齟齬。 如月更紗の家にいって、その齟齬に、僕は気付いた。 もしかしたら、と。 ありえない、馬鹿げている、仮定にすらならない――狂った話だ。狂った道理だ。 けど。 狂ったものがまかりとおるこの世界でなら。 それは、あり得ないことじゃ――ないのかもしれない。 どちらにせよ。 決めなくては、ならない。 図書室へいくのか。それとも、僕は。 僕は。 僕は。 僕は―――――――――――――――――――― A-1 図書室へと行く。 A-2 屋上へと行く。 218 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/07/10(火) 23 22 20 ID qIpG6hZe A-3 帰る
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2668.html
298 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01 25 59 ID YJ9dbSCA [2/6] 2. 「雨音。雨音。もう朝だぞ、起きなさい」 その声を聴いて、雨音の意識は急速に覚醒した。 間違いない、晴臣の声だ。 晴臣が自分を起こそうとしている。 少し口調がおかしい気もするけれど、そんなことは些細なことだ。 晴臣が自分を起こしてくれている以上、一発で目を覚まさなければ、晴臣の妹であり、飼い犬でもある自分の名が廃るというものである。 雨音が目を開けると、晴臣が慈愛に満ちた表情で自分を見つめていた。 雨音の小さな胸が、ドキリと高鳴る。 同時に、晴臣の様子に奇妙な違和感を覚えた。 「おはよう雨音。今日はとっても良い天気だよ」 まるで後光でも差し込みそうなほど爽やかな笑顔で言う晴臣。 やはりおかしい。 口調も雰囲気も、いつもの晴臣とは明らかに異なっている。 「お、おはようハル。どうしたの?一体」 晴臣の様子にただならぬ気配を感じた雨音は、おっかなびっくりそう尋ねた。 だが晴臣は変わらず、慈しむような哀れむような笑みを浮かべたままだ。 ……哀れむ? 「ねえハル「なあ雨音。人間、誰でも時にはついやらかしてしまうことがあるものさ。だから、あまり気にするんじゃないぞ」……え?」 晴臣は雨音の両肩に手を置いて、何度も深く頷きながら言う。 その際、ちらりと雨音の下腹部辺りを見たのを、雨音は見逃さなかった。 一瞬の間。 雨音は、全てを理解した。 「なっ!?ちっ、違っ!わ、わた、わたしそんなっ……!!」 下腹部への視線。哀れむような表情。どう考えてもおかしい晴臣の態度。『ついやらかしてしまう』という意味ありげな発言。 昨晩、雨音は『何を』していたのか。 全部を照らし合わせると、晴臣が何を言わんとしているのか理解できる。 しかし雨音にとって晴臣のその『勘違い』は、ある意味死刑宣告以上に痛烈だ。 必死に誤解を解こうとするが、あまりのことに呂律が回らない。 というか仮に誤解を解いたとしても、昨晩の真実は晴臣にしてみれば、勘違いよりもよほどショッキングな出来事だろう。 もうどうしようもない。詰みである。 慌てに慌てる雨音の様子を見て、晴臣はもう一度、確信したように深々と頷いた。 「ああ、分かってる分かってる。誰にも言わないよ。この事はお兄ちゃんと雨音の、二人だけの秘密だ。さ、早くお風呂に入ってきなさい。お湯も湧かしてあるから、ゆっくり温まって来るんだぞ」 言って、晴臣は静かに立ち上がり、雨音の頭を撫でた。 既に学校は長期休暇に入っているため、晴臣は私服姿だ。無論、既に寝間着からは着替えている。 ……もう、限界。 雨音は目に大粒の涙を溜めて、とうとう大声で叫んでしまった。 「だからわたしっ……お漏らしなんかしてないってばーっ!!」 そんな、何とも情けない絶叫から、十六夜兄妹の一日は始まった。 299 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01 27 37 ID YJ9dbSCA [3/6] *** その後。 どうにかこうにか誤解を解いた雨音は、晴臣が湧かしてくれた湯船にゆっくりと浸かり、晴臣が作ってくれた朝食を食べた。 現在は晴臣の淹れてくれた食後の緑茶を、本人と一緒に仲良く啜っているところである。 ちなみに雨音の弁明の結果、昨晩の彼女のアレは寝汗だったという結論に落ち着いた。 晴臣は釈然としない様子だったが、雨音の無言の圧力に負け、それ以上の追及はしなかった。 平時ならばとっくに学校に行っている時間だが、先ほど述べた通り今は長期休暇中。 従って雨音は誰にも邪魔されず、晴臣と二人っきりの朝を過ごせるのだ。 まさに至福の時。 だがそれも、ピンポーンという無粋なインターホンが鳴り響いたことで中断された。 「はーい」 訪問者を迎えるべく、小走りで玄関まで駆けていく晴臣。 至福の時を邪魔された雨音は、面白くなさそうな顔で晴臣を追う。 晴臣が玄関の戸を開けると、そこには雨音もよく見知った人物が立っていた。 同時に雨音の表情が、苦虫を噛み潰したように引き攣る。 「よう、晴坊。雨音の嬢ちゃんも。しばらくぶりだな」 くたびれたスーツに無精髭。少しばかり小太りな体格。一見するとうだつの上がらない中年サラリーマンのようだが、その目付きは獲物を狙う猛禽のように油断無く鋭い。 「平田さん。お久しぶりです」 「……どうも」 思わぬ知己の来訪に、晴臣は頬を緩ませながらも礼儀正しく挨拶を返す。 雨音もまた晴臣に倣って、軽く会釈する。 平田和雄。 市内の警察署に勤める刑事であり、晴臣と雨音の後見人でもある男だ。 晴臣たちの父親と古い付き合いで、晴臣たち自身もまた、幼少時にはたまに遊んで貰っていた記憶がある。 お陰で晴臣は平田にとてもよく懐いていたのだが、正直なところ、雨音は彼のことがあまり好きでは無い。むしろ嫌いの部類に入る。 子どもの頃、平田が遊びにやってくると、晴臣はいつも彼にべったりくっついて離れなかった。 それが雨音は、大層気に入らなかったのだ。 大好きなご主人様を盗られて嫉妬しない飼い犬などいない。 子供心に「あいつさっさと『じゅんしょく』すればいいのに」などと考えていたとしても、誰も彼女を責めることはできないだろう。できないったらできない。 だが、雨音が平田を気に入らない理由はそれだけでは無かった。 「こんな朝早くから珍しいですね。どうしたんですか?」 「いや、たまたま近くを通りがかったもんだからちょっとお前らの顔を見にな。……と言いたいところだが」 晴臣の問いに、平田は渋面を作って応える。 平田のその表情を見て察したのか、晴臣もまた真剣な表情に切り替わった。 「晴坊。お前、空守山って知ってるか?」 「え、ええ。確か隣町にある山のことですよね。あっち方面にはあまり行かないので詳しくは知りませんけど。その山が何か?」 「出た」 晴臣の表情が強張る。 十六夜家の者に対するこの発言の意味は、ひとつしかない。 「近隣の住民から報告が多数寄せられていてな。やれ夜中に軍服を着た骸骨の群れが行進してただの、白い髪の女に追い回されただの、得体の知れない笑い声が聞こえただの」 「悪戯という可能性は?」 「署の連中は悪戯だと思ってるみてえだし、事実、眉唾くせえ話が大半だったが、あの山に何かいるってのはマジだ。現にたった今、確かめてきたところだからな」 今度こそ、晴臣は目を見開いた。 雨音もまた、剣呑に目を細める。 300 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01 28 30 ID YJ9dbSCA [4/6] そう。これこそが、雨音が平田に苦手意識を持っているもうひとつの理由。 平田は生来、霊感が強い。 霊力の総量こそ常人並だが、霊的存在を感じる力に限っては、晴臣や雨音とほとんど変わらないほどだ。 そもそも晴臣たちの父親と彼が旧知の仲になったのも、その霊感が災いして悪霊に憑かれた彼を、晴臣たちの父親が救ったことがきっかけだ。 以来、十六夜家に恩義を感じるようになった平田は十六夜家の協力者となり、たまにこうしてお祓いの仕事を持ちかけてくるようになったのである。 閑話休題。 とにかく、平田が訪ねてくると晴臣は平田を持て成すあまり雨音を構ってくれなくなり、更に平田が仕事を持ってきた日には、晴臣がお祓いに出てしまって一緒にいられる時間が減ってしまう。 ようするに雨音にとってみれば、平田は晴臣との甘いひと時を根こそぎ奪っていく怨敵そのものなのだ。 「分かりました。ではさっそく今晩、様子を見に行ってきます」 晴臣は声色を硬くして言う。 霊的存在の活動が活発化するのは、主に夜。 朝や昼にも気配自体は感じ取ることができるが、直接干渉することができるのは夜間に限られている。 故に物事を根本的に解決するためには、夜に行くしか無いのである。 「……済まん」 申し訳なさそうに晴臣に頭を下げる平田。 十六夜家の霊能者とはいえ、まだ子どもである晴臣に危険な役割を押し付けてしまうことに、罪悪感を感じているのだろう。 だったら最初からお祓いの仕事なんか持って来なきゃいいのに、と雨音は内心一人ごちる。 「もう、いつも言ってるじゃないですか。これが俺の役目なんですから、平田さんが気にすることなんてないですよ」 晴臣は朗らかに笑って、窘めるように言った。 平田は最後にもう一度だけ頭を下げると、よろしく頼む、と言い残して去って行った。 玄関の戸が閉まるのを見届け、怨敵退散と心で強く念じてから、雨音はそっと晴臣の様子をうかがった。 目が合う。 「大丈夫だ。ハンバーグはちゃんと作っていく」 晴臣は優しく微笑んで雨音へのフォローをする。 「作っていくだけじゃダメ。ちゃんとハルも一緒に食べるんだからね」 雨音もまた、悪戯っぽく微笑み返した。 しかし、雨音の心中は穏やかでは無かった。 晴臣がお祓いに出かけるのは頻繁に、というのは大げさだがそれなりによくあることだ。 その度に雨音は心配と、寂しい気持ちに押し潰されそうになってしまうのだが、今回は殊更に嫌な予感がしてならない。 何だか晴臣が、自分を置いてどこか遠くに行ってしまいそうな。 そんな、予感が……。 301 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01 29 29 ID YJ9dbSCA [5/6] *** 空守山は、十六夜市・空守町の外れに位置する小さな山だ。 一部に急な斜面はあるものの、全体的になだらかな稜線でちょっとしたハイキング気分を味わうには最適なため、近隣住民にはそれなりに人気の高いスポットである。 約束通り雨音にハンバーグを作って一緒に食べ、彼女に今日の分の血を与えた後、晴臣は空守山の麓に訪れていた。 成程。確かに、あまりよくない気配がする。 それもひとつでは無い。数多く、数えきれないほどに。 「よっし。行くか」 晴臣は気合を入れるように静かに深呼吸をして、山の入り口へと足を踏み出した。 入山した途端、気配はより濃密になった。 これは最早、一種の瘴気とでも呼ぶべきものだろう。 纏わりついてくる微細な霊魂を払い除けながら、晴臣は先へと進む。 あちこちから漂う瘴気の中でも一際濃度の高い気配が、ある一方向からひしひしと感じるのだ。 そちらを目指して、ただひたすらに鬱蒼と木々の生い茂る山道を進む。 そうしてしばらく進むうちに、やがて拓けた場所へと出た。 と言っても、特に何があるわけでも無い。ただひとつ。一本の細い石柱だけが、場の真ん中に寂しげに突き立っているだけである。 だがその石柱を見た瞬間、晴臣の顔つきが変わった。 「これは……封印、か?」 それも、かなり昔のもの。恐らく数百年は経過しているであろう古びた封印だ。 視れば大分綻びが目立つ。既に半分以上解けかけているのだろう。 「なるほど。最近この辺りに急に霊が増えたのは、こいつが緩んでいたのが原因ってことだな」 ひとり納得したように頷く晴臣。 とはいえ、どうしたものか。 実は晴臣は、封印についてはあまり詳しくない。なまじ霊力が高い故に、大半の霊は封印するまでも無く実力行使で滅してしまうからだ。 特にそれが、数百年前の封印ともなればもうお手上げである。 「仕方ない。ひとまず出直して家の書庫を漁ってみるか。確か封印に関する文献もあったはず……」 そこまで呟いて、晴臣は即座に周囲を警戒する姿勢に入った。 居る。 自分のいるこの場所からすぐ近くに、何かが居る。 入山した時に払い除けた霊魂どもとはまるで違う、強力にして高度な霊的存在が、こちらの様子をうかがっている。 どこだ。どこだ。どこ―――――――見つけた。 「そこかッ!」 晴臣は左足を軸に180度立ち位置を入れ替え、振り向き様に霊力をぶつけた。 これほどまでに接近を許し、且つ背後まで取られたのは初めてのことだ。 かつてない強敵の予感に、知らず、晴臣の面持ちが険しくなる。 だが、 「ひゃああああああっ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」 返ってきたのは場にそぐわぬ、あまりに素っ頓狂な悲鳴。 霊力をぶつけた場所から飛び出してきたのは、腰まで伸びた白い髪を靡かせた、着物姿の少女であった。 少女は空中で勢いよく一回転すると、そのまま地面に額を叩きつけそうな勢いで土下座。 俗に言うジャンピング土下座というやつである。 「ごめんなさいごめんなさいすいませんでした許してください後生ですからお情けをぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」 プライドも何もあったものじゃないとばかりに、ひたすら謝り続ける少女。 怯えているのか、よく見るとその身体は小刻みに震えている。 「………………は?」 晴臣はポカンと口を開けた。 何だ、これは。何なのだ、こいつは。 意味が分からない。というよりも、脳が理解することを拒んでるような気がする。 フリーズする晴臣を他所に、少女は尚も壊れたテープレコーダーのようにごめんなさいごめんなさいと謝罪の言葉を吐き続ける。 そこから晴臣が我に帰るのに、およそ3分の時間を費やした。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1552.html
217 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 40 10 ID kVeCnTh+ 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室の空気は一気に弛緩した。 教卓に立っていた教師が去ると、クラスメイト達は弁当を片手にそれぞれのグループで集まり始める。それから、各々が楽しい昼食の時間を過ごす。いつも通りの昼の光景だった。 そんな中、弁当を持参していない私はひとり購買部へと赴く。 教室のドアを開けると、冷気を帯びた空気が室内へ流れ込んできた。一歩先は別世界のように冷え切っている。近くで弁当箱を広げていた女子が非難するように見てくるので、慌てて後ろ手でドアを閉めた。 廊下に出ると、教室の暖房に慣れていた身体が一瞬で粟立った。吐いた息も白い。 そこで私は今朝のニュース番組で、今日は今年一番の冷え込みになります、と女性アナウンサーが言っていたのを思い出した。 昔から、寒いのはあまり得意じゃない。私は両の手で身体を擦りながら、廊下の温度へ適応させるようにゆっくり歩いて行く。 私の横を男子生徒が二人駆けて行った。方向からして、同じ購買部を目指しているのだろう。 元気だなあ、と私は若い子を見て微笑む老人のような気持ちになった。 我が校の購買部は公立学校にしては珍しく数や種類もそれなりに豊富なので、今のようにゆったりと歩いていても、買いそびれるなんてことはまずなかった。 なので、三年生による売買ラッシュを嫌う私はゆっくりと歩いて行くのが常であった。 賑わっている別クラスの教室を横目で眺めながら、のんびりと購買部を目指して行く。 購買部に着いた。いつものように混み合っている部内に三年生の姿は既に無く、二年生と一年生がレジの前に、何重にも折り返した長い列を作っていた。 少し、ゆっくりし過ぎたみたいだ。私はうんざりする。 行き遅れすぎてしまうと、目の前のような、主に二年生による第二波がきてしまい、遊園地よろしく長蛇の列が出来る。混雑の原因としてはやはり、レジがひとつしかないからだろう。 その上、レジは入口付近に設けられているため、部内の商品を買うためには嫌でもこの人工運河を踏破しなくてはならない。 しかたがない、と私は面倒くさそうに息を吐くと、列に割り込んで行った。 218 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 41 12 ID kVeCnTh+ 右手で列を切り裂くようにして中を進んで行く。身体をぎゅうぎゅうと押され息苦しい、窒息しそうだ。 道程、男子生徒が迷惑そうに私を睨み舌打ちをしてきたので、すいませんと謝罪する。なんだか割り込みをしているみたいで、もの凄く申し訳ない気持ちになってくる。早くレジを増設して欲しいな、と私は人波に揉まれながら思った。 元々人込みが苦手な私は、人工運河を渡り切った時には、もうぐったりとしてしまった。一息ついてから、ふらふらとした足取りで菓子パンコーナーを目指す。 昼食にはいつも菓子パンかサンドイッチを購入していた。二つとも数だけは豊富なので売り切ることがないからだ。 今日もそのはずだった。 しかし道中、視界の隅に何かを捉え、思わず足が止まった。余分に進めていた右足を一歩下げる。 そこは、惣菜パンが売っているコーナーだった。惣菜パンコーナーは様々な商品が置いてある購買部でも最も人気がある場所だ。 先程、私は購買部では買いそびれることはないと言ったが、人気がある商品に関しては例外だった。 購買部は一階にある。校舎は四階建てで上から、一年、二年、三年と続くため、必然的に階下にいる三年生達に地の利があり、人気がある商品についてはさっさと買われていってしまう。 我が校は厳格な年功序列制度を採っているのである。 なので、私のような二年生はいつも中堅の商品しか買えない。一年生にしてはそれこそ余り物のような物しか買えないから悲惨だ。 だから、その惣菜パンコーナーにひとつだけ、学内で不動のナンバーワン人気を誇るカレーパンがひとつだけ残っているのは、随分と珍しいことだった。 いつもなら真っ先に無くなってしまうのに、どうしてか今日はひとつだけ残っている。 私は、ぽつんと誰かの手に取られるのを待っているそれをまじまじと眺める。 昔、一度だけ斎藤ヨシヱに頼んでこのカレーパンを購入して貰ったことがあった。その時は、人気のあるミュージシャンの新譜でも聞くような、そんな軽い気持ちで食べたのだが、正直あの時の衝撃は今でも忘れられない。 それから、何度かカレーパンを狙って三年生達と競ってみたりしたが、結局買えたことは一度もなかった。 219 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 42 27 ID kVeCnTh+ 次に食べられるのは進級してからだと思っていたけれど、意外とその時は早かったみたいだ。どちらにしろ、取らない訳にはいかない。 今日はついてるなあ、と私はカレーパンに手を伸ばした。 しかし、その伸ばした手は、突然現れた横合いの手に掴まれた。 私は驚いて、反射的に手を掴んだ人物へと視線を滑らせる。そして、さらに驚くことになった。 腕を掴んだのは、恐ろしい風体の女子生徒だった。軽く巻いた髪は金色に染め上げており、厳つい形をしたシルバーピアスが所狭しと耳を飾っている。 身長は女子にしてはかなり高く、平均的な男子生徒の私と大して変わらなかった。服の上からでもわかるプロポーションの良さが、やけに目につく。 私は突然の出来事に困惑してしまった。 彼女とは面識がない上に、その、私を見る、金色の髪とは対照的な真っ黒な瞳に、明らかに憤怒を感じるからだ。 その瞳は、そこらの野良犬ぐらいなら簡単に殺せそうなほど強いものだった。 自然と腰が引けてしまう。 彼女が怒っているのは一目でわかった。いつもの私なら何故怒っているのかが分からず、小一時間は悩んでしまうものだが、その日は運よく直ぐに彼女の怒りの原因を理解出来た。 私は柔和な笑顔で、彼女に言う。 「これ、食べたいのならどうぞ。私はそこのメロンパンでいいんで」 私のほうが早かったけれど、そんな目で見られては仕方ない。こういう時は女性に譲るのが紳士というものだろう。 空いた手でカレーパンを薦める。 しかし、金髪の彼女はそんなカレーパンには一瞥もくれずに、まだ私のことを睨んでいた。 カレーパンではないのだろうか。途端に不安になる。 その時だった。漸く、金髪の彼女が口を開いた。 「お前、鳥島タロウだな」 突然発したその声は、かすれたようなハスキーな声質だった。 私は軽く頷いて肯定する。 「ちょっと来い」 そう言って彼女はぐいぐいと私を引っ張ろうとした。 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」 慌てて抵抗しようとするが、彼女の勢いはこれっぽっちも止まらない。女子とは思えない凄い力だった。彼女の中指についている指輪が手首に刺さって非常に痛い。 220 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 43 40 ID kVeCnTh+ 最初こそ踏ん張ったりして抵抗してみたりした私だが、それが無意味だとわかると、さっさと諦めて彼女のなすがままになった。無駄な抵抗こそが一番の無駄なのは知っている。私はずるずると引っ張られていく。 彼女に連れ去られる途中、少し驚くことが起きた。 レジ前に形成されていたあの人工運河が、金髪の彼女が通ろうとした途端に、蜘蛛の子を散らしたように真っ二つに割れたのだ。 みんな、私同様に彼女が恐いのだろう。 昔、“十戒”という映画で主人公のモーセが海を割り、信者を連れて進んで行くシーンを見たことがあったが、今がちょうどそんな感じだった。 私達は割れた海の中を進んで行く。 左右からひそひそ声がサラウンドのように聞こえてくる。金髪の彼女には恐怖を、私には憐憫の念を帯びた視線をそれぞれ送ってくる。 道中、先程私のことを睨んでいた男子生徒が目に入った。さっきの不快感丸だしの目とは打って変わって、気の毒そうな視線を私に送ってきた。 それを眺めながら、私は金髪の彼女に拉致されていった。 連れて来られたのは、体育館近くに設けられている自動販売機群の前だった。 夏ならともかく、冬場で此処を利用する生徒は少ない。校舎内にも自販機があるからだ。 そのためか、幸か不幸かはわからないが、この場には私と金髪の彼女しか居なかった。 誰も居ない場所で女子生徒とふたりっきり。 なんだろう。つい最近そんなシチュエーションがあった気がする。 そんなことを考えていると、突然私の腕が引っ張られた。そのまま身体ごと自販機のひとつに押し付けられる。背中を強打し、ぐえっと情けない呻き声が漏れた。 金髪の彼女は私のネクタイを掴んで、先程のように睨めつけると、短く言った。 「どうして、キリエをフッたんだ?」 「キリエ?」 と、問い返した私に金髪の彼女が激昂した。 「惚けんなっ!」 噛み付かんばかりの剣幕で叫び立てる。背後にある自販機のガラス板が震えたのを、背中で感じた。 「お前が昨日、キリエのことをフッたんだろうがっ」 「……ああ」 221 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 44 49 ID kVeCnTh+ そこでやっと思い出した。彼女が言うキリエとは、どうやら田中キリエのことらしい。昨日、という言葉で思い出した。 確かに私は昨日、田中キリエに放課後の教室で告白された。彼女の気弱そうな姿態が瞬時に脳内に再生される。あまり関心がなかったのですっかり忘れていた。 それはさておき。まさか金髪の彼女の口から田中キリエの名が出るとは思わなかった。口ぶりからして、おそらく彼女は田中キリエの友人かなにかなのだろうけど。それにしたって、性格も体格も随分と正反対なものだ。一体どういう経緯で友情関係を結んだのだろうか。 ネクタイを締める力が一段と強くなった。早く話せと言うことなのだろう。それにしても苦しい、呼吸するのが難しいくらいだ。これじゃあ話す云々以前の問題である。 私は懇願するように言った。 「わかりましたわかりました。話しますから、まずそのネクタイを締めるのを止めてもらえませんか?苦しくて仕方がないですよ」 「…………」 しかしこれを完全にスルー。 マズイ。早めに会話を切り上げなくては、自分はこのままでは生命の危機に直面することになってしまう。 私は彼女の瞳を見据えて話す体勢に整えると、切れ切れの声で言った。 「私が田中さんの告白を断ったのは、彼女があまりに私のことを知らないからですよ。私は本来、人と付き合えるような人間じゃあないんです。それを田中さんは知らない。彼女は上辺の私しか見ていない、だからです」 「それだけか?」 それだけ、というのは随分と引っ掛かる言い方だが、一刻も早く解放してもらいたい私はすぐに首肯した。 「……そうか」 ネクタイを締める力が一気に弱められた。瞬く間に身体に酸素が供給される。 やっと解放された、と思った時だった。 油断したのがいけなかったのだろう。 金髪の彼女が、空いたほうの手で私の無防備な腹を殴り上げるのに、私は反応出来なかった。 腹部に激痛が走り、数秒の間息が出来ない。口元を手で押さえて、胃から逆流してくるものを慌てて飲み込む。何も食べていなくてよかった。 222 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 46 13 ID kVeCnTh+ 体も崩れ落ちそうになったけれど、そんなことをしたら本当に脈が締まってしまうので、自販機に寄り掛かるようにしてなんとか体勢を保つ。 突然、何をやるんだこの人は。 私は金髪の彼女を見た。 「そんな理由で……キリエは」 そんな私のことには気にもかけず、金髪の彼女は独り言のようにごちていた。 そして、キッと視線を上げると言った。 「キリエはなあ、ずっとお前のことが好きだったんだよっ。それこそ高校に入る前からずっと、それをなんだ?そんなくだらない理由でキリエの気持ちを無下にしやがって何様だお前はっ」 彼女は私を責めるように言った。 しかし、怒る彼女をよそ目に、私は今の言葉に違和感を感じていた。 「……ずっと前?」 それはおかしい。 私が初めて田中キリエと出会ったのは二年で同じクラスになった時からである。それ以前は、少なくとも私は、彼女とは面識がないと思っていた。 田中キリエとは中学校、小学校共に違っていた。なので、一年からならまだしも、入学以前から好いているというのは絶対におかしいのだ。彼女が私のことを知っているはずがない。 「あの……」 と、金髪の彼女に質問してみようと思ったが、とてもそんな雰囲気ではないので諦める。触らぬ神になんとやらだ。 それから、長い沈黙が流れた。 私も彼女も何も言わない。 そして金髪の彼女が唐突に、今まで掴んでいたネクタイを離した。 突然のことで驚いたが、やっと訪れた自由に私は内心喜んだ。 金髪の彼女はスカートのポケットからタバコを取り出すと、慣れた動作で火を点け、紫煙をはきだす。 未成年の喫煙は法律で禁じられていることを伝える勇気は、勿論ない。 「キリエと付き合え」 彼女が口を開く。 「お前が人と付き合えるような奴じゃないって言うのには同意するよ。ひ弱だし、何考えてるかわかんないし、確かにどう見たってクズ野郎にしか見えない」 ひどい言われようだ。 223 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 49 23 ID kVeCnTh+ 「けど」 彼女は短くなったタバコを地面に落とし、踏みにじって火を消した。 「私はキリエに結果をあげたいんだ」 「結果?」 「そう、結果だ」 金髪の彼女は続ける。 「キリエはお前が思っているよりも、本当に長い間お前のことを想ってきたんだ。本当に、ひたすら一途に。それが、必死の思いで告白したのに、断られてハイ終わりじゃいくらなんでも悲しすぎる。私だって納得がいかない 「変な言い方になるが、正直私はお前がクズならクズで構わないんだ。それでキリエが、ああ私が好きになった人はクズだったんだなって分かれば、キリエだって納得するさ。それならそれで、さっさと別れちまえばいいんだからな。 「お前は、キリエが自分のことを知らないから断ったって言ってたけど、お互いのことを知らないなら付き合ってからお互いのことを知っていけばいいだけの話だろーが。それぐらい気づけ馬鹿。 「とにかく、私はこのままキリエの恋が終わるのは絶対に嫌だ。これは、アイツが初めてした恋だから」 金髪の彼女は悲痛な表情のまま、新しいタバコに火を点けた。どうやらもう話は終わりらしい。 私は彼女の言葉を頭の中で反芻し、吟味し始めた。 つまり、金髪の彼女が言いたいのは、田中キリエは長年私のことを想ってきたのにもかかわらず、私が自分勝手な理由で拒絶してしまったので、このままでは田中キリエも金髪の彼女も納得しない形で終わってしまう。 だから、とりあえず付き合って何らかの結果を出せ、ということなのだ。 確かに、その通りなのかもしれない。 現に私は昨日、田中キリエの告白を断った時、彼女の想いなど全く考慮に入れていなかった。自分は人と付き合える筈が無いと身勝手な結論を振りかざしていただけだ。 言うまでもなく、それは不誠実なのだろう。 お互いを知らないなら、付き合ってから知っていけばいい。 金髪の彼女はそう言った。その発想は私の中になかったが、確かにそれもひとつの恋愛の形なのかもしれない。 224 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 51 00 ID kVeCnTh+ 二本目のタバコも吸い終わった彼女は、イラついた目で私を見た。早く返事をしろと目で促している。 そんな彼女を見て、私は思う。 羨ましいなあ。 私は田中キリエに対して素直にそう思った。 目の前の彼女のように、これほどまでに友人のことで、熱心に悩んでくれる人間は、現代の日本にはそういない。皆、どこかで自分を優先してしまうからだ。しかし、彼女にそれがない。 私には親友と呼べるような存在がいない。なので、それがより一層羨ましいと思えた。 けれど、そこに妬みは無い。言うならば、希少な宝石でも見るような気持ちだった。 「わかりました、彼女に再度、交際を申し込みましょう」 私は幾分か愉快な気持ちになれたので、快く彼女の提案を受け入れることにした。 「今日の放課後にでも、田中さんに告白します」 「放課後?」 金髪の彼女は怪訝そうに聞いた。 「お前、キリエの家知ってるのか?アイツ今日学校休んでんだろ」 「そういえば、そうでしたね」 全く知らなかった。 「それじゃあ明日にします」 と私が言うと 「いや、今日行け」 金髪の彼女はきっぱりと言った。 「私はキリエの悲しんでいる顔を一秒でも長く見たくない」 彼女は本当に田中キリエのことが好きなんだな、と私は益々嬉しくなる。 「わかりました。それじゃあ田中さんの住所を教えてもらえますか?」 そう言うと、金髪の彼女は田中キリエの住所を述べた。口頭だったので大変だったが、なんとか覚えた。 「今日、絶対にキリエに告白しろよ。わかったな」 「ええ、わかりました」 金髪の彼女は最後にそう念を押すと、私に背を向けて歩き出した。これで本当におしまいらしい。 「あっ、そうだ」 しかし、そこで彼女は思い出しように呟くと、私の近くまで戻ってから言った。 「あと、これは個人的な感情」 そう言って彼女は、右足を軸にくるりと一回転した。回し蹴り、と頭が認知した時には、彼女の左足が私の右側頭部を貫いていた。 225 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 09 ID kVeCnTh+ 白い光が眼前にはじけ、世界は一回転する。 地面にたたき付けられた。口内で血の味が広がる、少し切ったようだ。 まだ回り続けている視界の中で、金髪の彼女は私の髪を引っ張り、無理矢理顔を上げさせた。 「色々と言ったが、はっきり言って、私はお前みたいな野郎がキリエと付き合うのは堪らなく嫌なんだよ。本当、腸が煮え繰り返そうだ」 真っ黒な瞳が、私を見る。 「いいか、覚えとけよ。もしこの先、お前がキリエを悲しませるようなことをしたなら、私はお前を――」 彼女は一拍置いて 「――殺す」 髪から手を離され、私の顔は再び地面に戻った。そして、憮然とした態度で去って行く金髪の彼女を見上げる。短いプリーツスカートから、下着が見えた気がした。 そして冬空の下、私だけが残った。 帰ろう。そう思って立ち上がろうとするが、膝ががくがくと震えて立ち上がれない。おそらく、脳震盪だろう。 仕方がないので、そのまま冷たい地面に横たわった。 脳震盪は安静により短時間で回復できることを、私は知っていた。短く逆立った雑草が、頬をちくちくと刺して不快だったが我慢する。 ――それにしても。 殺すと言った時の、金髪の彼女のあの真っ黒な瞳を思い出す。 心底、震えた。びっくりした。さっきのは脅しでも冗談でもない、間違いなく本気だった。 私は本気で殺すと言った人を見るのは始めてだった。遅れて、冷や汗がどっと吹き出す。 どうやら私はひとつ思い違いをしてたみたいだ。 金髪の彼女が田中キリエに対して抱いていたのは、友情ではなく、異常なまでの愛情だった。いや、依存心かもしれない。いずれにせよ、普通ではない。 ひとつ、確信する。もし、私が本当に田中キリエのことを悲しませるようなことをしたならば、彼女は間違いなく、私を殺すだろう。 「困ったな」 これから先、田中キリエと付き合っていくことを考えると、うんざりした。これからは死と隣り合わせである。 その時になって、漸く私は自分が面倒な事態に巻き込まれているのだと、自覚した。 「くわばらくわばら」 そんな独り言と共に、私はゆっくりと瞳を閉じる。 近くの体育館から、バスケットボールを楽しむ生徒の声と上履きの摩擦音が響いていた。 226 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 55 ID kVeCnTh+ 結局、教室に戻った頃には、もう昼休みも終盤を迎えていた。 私は制服についた汚れを落とし、水道水で口をゆすいでから教室へと向かった。 何だか、今日は散々な昼休みだった気がする。体中が痛むし、胃袋も先程から食物を切望して、悲しく鳴いていた。 まあこんな日もあるさ、と切り替える。 変わったことが起きた。 教室に着いて、ドアを開けるとクラス中の人間が一斉に私のことを見た。 視線の矢が何本も突き刺さり、思わずどぎまぎしてしまう。けど、人気者になったみたいでちょっと嬉しい。 比較的仲の良い男子生徒の何人かが、私のほうに寄ってきた。そうでないものも皆、私に注目している。 「おいタロウ、お前昼休みにマエダカンコに拉致されたって本当かよ」 取り巻きのひとりが口を開く。 「聞いたぜ、マエダに購買部で引っ張られてって、どっかに連れてかれたんだろ?ウチのクラスにも何人か見たって奴いるぞ」 マエダカンコというのが、あの金髪の彼女の名前だというのにはすぐに気付いた。 「はい、本当ですよ」 「マジかよっ」 クラスが一段とざわつく。 「お前、一体マエダに何されたんだっ」 「それはもう、ヒドイ目にあいましたよ」 ふて腐れるように言う。 本当にヒドイ目にあった、彼女のせいでカレーパンどころか昼食もとれなかったのだから。 私がマエダカンコに連れ去られたとわかった途端に次々と質問がとんできた。 「具体的には何されたんだよ」 「一体、マエダとはどういう関係なんだ?」 「なんでお前生きてるんだ?」 某太子と違って一度に多数の質問を聞けない私は、矢継ぎ早の質問に目を回してしまう。 そんな私に助け舟を出すように、予鈴のチャイムが鳴った。皆、まだ聞き足りないといった感じだったが、渋々席についていく。私もほっとして自分の席に戻っていった。 227 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 54 48 ID kVeCnTh+ 教師はまだ来ないようだった。次の授業を担当する数学教師は時間にルーズなことで有名であり、いつも遅れてやってくる。 暇を持て余した私は、せっかくなので隣の席の男子生徒にマエダカンコについて聞いてみることにした。 「マエダカンコ?タロウ、お前マエダも知らないのかよ。アイツほどの有名人、この学年じゃ知らない奴はいないと思うぞ」 「すいません、無知なもので」 私は苦笑する。そんなに有名人だったのかあの人。 「まあ仕方ないか、アイツが本格的に有名になりだしたのも、つい先月からだしな」 話す気が起きたのか、男子生徒は椅子を私の眼前にまで寄せた。それから、マエダカンコについての情報を耳打ちする。 「マエダカンコ、二年一組所属。素行はかなり悪い。学校では誰ともつるまずに一匹狼を貫いている。元々、アイツもあんなナリしてるから学内ではそこそこ有名だったんだ。平然と教室でタバコ吸い出したりするしな。 「まあ、それだけなら何処の学校にでも居る不良ちゃんで終わるんだが、先月にある事件が起きてから知名度が一気に撥ね上がった」 「ある事件、ですか?」 私は繰り返す。 「ああ。ほら、マエダって中身はともかく、顔とかスタイルとかはスゲエいいじゃん?だから、前々から三年生の先輩達、あっちなみにこれも中々のワルね、が結構ナンパまがいのことをしてたわけよ」 関係ないが、彼が話す度に耳元に生暖かい息が吹きかかって、なんともこそばゆい。背筋がぞくっとする。 「けど、マエダはそんな先輩達を全く相手にしなかったんだ。そりゃもうガン無視。で、先輩達も遂に怒りが天に達しちまって、ある日の放課後、マエダをどこかへと連れさったらしいんだ。それが、ちょうど先月のこと」 「それで、マエダさんはどうなったんですか?」 男子生徒は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。 「それで、マエダカンコがどうなったかというと――」 228 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 56 20 ID kVeCnTh+ 勿体振るように長い間を置いてから、芝居がかった口調で言った。 「――全治ニヶ月。それもマエダじゃなくて先輩達のほうがな。みんな病院送りだよ。まあ流石にやったのはマエダじゃなくて、アイツの知り合いかなんかだろうけど、それにしたってやり過ぎだ。 「だからそれ以来、マエダカンコはキレたら何するかわからない奴だって言われて、みんなびびっちまってるのさ」 これで終わりだと言うように、男子生徒はパンと手を叩いた。 ちょうどその時、黒板側のドアが開き、数学教師が入って来た。狙ったようなタイミングの良さだ。 「また後でな」 男子生徒はそそくさと自分の席へと戻っていく。私も机の中から教科書とノートを取り出した。 授業が始まり、黒板にチョークを走らせる音が室内に響く。授業に集中している者はノートをとり、そうでない者は腕を枕に眠っていた。 そんな中、私はマエダカンコのことを考えていた。 三年生の先輩方を病院送りにしたのは、間違いなくマエダカンコだろう。それはゆるぎのない確信だ。 あの回し蹴りが脳裏をかすめ、思わず身震いする。 男子生徒の話を聞いて、ますます私が殺される確率が上がった気がする。 嫌だなあ、と思いながらノートをとる。まあ悩んだって仕方はない。今は、田中キリエへの告白について考えよう。 そして、私は自身の初告白の言葉を思い浮かべていく。 この時、私はひとつ見落としていることがあるのに気づいていない。 私は、田中キリエがどんな人間なのかを全く理解していなかったったのだ。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1224.html
304 :『ハンゾウッ、タイマンだZE!!』その1 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] :2009/04/21(火) 21 22 49 ID byGE+nEo 1 太陽は高く雲無く輝く。正午前、四時間目の授業。クラスの一番廊下側、一番後ろの席で、オレは全員の視線を一身に集める。 奇声を発して机を叩き、席を立って後ろ戸をスライド。 「腹痛いんで、トイレに行って来ます……」 止める奴なんて居ない。 静まり返った空気の中で、声を掛けれる鈍感な奴なんて居ないんだ。 「もっ、早過ぎるだろっ!? 昨日の今日だぞ?」 廊下を走り、駆け抜け、長い階段を上へ、上へ。 五階まで来て、使われてない準備室の隣に在るトイレまで来て、何の躊躇も無く、女子トイレの中へ、奥へ。 すると聞こえるのは、 「んっ、んにゅ……んんっ、ふぁあぁっ」 小さな、小さな、喘ぎ声。 奥の個室、扉一枚向こう側。鍵なんて掛かって無いドアノブをひねれば、 「おそ、いっ……わよぉっ、拌羅(ステラ)、おねえちゃん♪」 洋式の便座に腰掛け、ミニスカートを捲くり、白いパンツの上から指を擦り当て、気持ち良さそうにオナニーをする双子の妹。 妹の浮音(シフォン)が、学校のトイレで、オレの目の前で、オナニーしてた。 「オレを、姉と呼ぶなっ!! 早くヤメなさい!!」 信じられない。どうしてこんな事になったの? どうしてこんな場所で、こんなものを見なくちゃいけない? 「ほらっ、お姉ちゃん……いつもみたいに、貝合わせしよっ? ぬっちょぬっちょ吸い付かせてさ、エッチなオユでくっつかせようよ? クリも擦り合わせて、ベロチューして、悶え合って、むさぼり合おうよ? お姉ちゃんの、おっきくて、熱くて、カチカチのクリトリス……膣内に欲しいな?」 オレと同じ顔の妹が、同じ顔の兄を誘う。シルクの生地にシミを作り、ネバ付く糸と湯気を立てて。 丸く大きな瞳は潤み、肌は髪の色と同じに紅く染まる。本当に、興奮してるんだ。 双子の兄貴なのに。戸籍はどうあれ、シフォンの兄で居ようと決めたのに…… いつ、どこで、どこが、誰が、間違った? 「はっ」 そんなの決まってる。オレ達双子の兄妹は、産まれた時から、瞬間から、運命の唄の命ずるままに。 この関係だって、オレが姉、妹が弟になる可能性は多分に有った。 けど、きっと、必ず、それでも、二人は今と同じ間違いを侵していただろう。 同じ髪に、同じ瞳に、同じ唇に、同じ体格なのに。胸の大きさも、お尻の丸みも、腰のくびれだって同じ。声だって殆ど一緒。 ただ一つ……足の付け根に存在する性器が、男か女かってだけ。 オレとシフォンは同じ日、同じ時間に産まれ、同じ性器を持って育った。男と女、その両方。つまりは両性具有(アンドロギヌス)。 そして四歳を迎え、性別を決める段階で、オレは女の、シフォンは男の性器を捨てた。何の問題も無く、兄と妹として、成長して行く筈だったんだ。 だけど、そんな儚い夢さえ叶わない。オレの身体は妹とうりふたつ。どこまでも、いつまでも、女らしく、女らしく。 それだけじゃない。オレとシフォンは繋がってるんだ。シフォンの受ける痛みや、苦しみや、快楽は、全部ダイレクトに伝達される。 でもその逆は違う。オレからシフォンに繋がるのは快楽だけ。それ以外は一方通行。 だから、だから。だから……だからオレはっ!! 女の顔してっ、女の身体してっ、授業中にスカート持ち上げてっ、チンポおったてる変態になったんだっ!! シフォンが所構わずオナニーなんてするからっ。存在しない女性器が疼いて、熱くなって、イキたくて、たまらないよ。 たくさん近親相姦して、いっぱい中出しエッチして、シフォンの絶頂はオレに伝わり、オレのと合わさって更にシフォンへと戻る。 そこからまたプラスされて、いつまでも加算されて、二人の中を駆け巡って、気を失うまでイキっぱなし。 学校でも、ファミレスでも、デパートでも、満員電車の中だって……女同士のフリして、仲の良い姉妹のフリして、くっついて、イチャついてっ!! 公共の場で、チンポをハメてる。 305 :『ハンゾウッ、タイマンだZE!!』その1 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] :2009/04/21(火) 21 24 41 ID byGE+nEo 2 もう、そんなのはイヤだっ!! 普通の兄妹に戻りたいよ。 でも、そんなの既に…… 「んんっ、どーしたのステラお姉ちゃん? ふぅっ、早く脱がないとシフォン、イッちゃうよ? パンツの中で射精しちゃうよ?」 どうしようもないよ。 とにかく今は、下着を脱ぐ事だけを考えれば良い。 シフォンは濡れて張り付いたパンツの上から、クリトリスを右手の爪先でカリカリと引っ掻き、 そして空いた左手の人差し指と中指は、アヌスの入り口をなぞり弄りながらほぐしてる。 「まって!! まだイクなシフォン!! すぐにパンツ下げるからぁっ!!!」 身体が震えた。何をしようとしてるか一瞬で理解する。 オトコの子だぞっ!? ダメっ、そんなの絶対ダメぇっ!! お尻に挿れられてイキたくない!! 二本なんて、はいら、ないよぉっ。 「んむっ……」 スカートを捲くり上げ、口で咥えて急いでストッキングに手を掛ける。 できるだけチンポを目立たなくする為に、パンツの上にキツい黒ストッキングを穿いて締め付けて来た。 「ふっ、むぐぅっ……」 でも、それすらも裏目。パンツとストッキングを一緒に下ろそうとするけど、勃起するチンポに引っ掛かって中々はかどらない。 イク寸前の敏感な部分を、余計に刺激して射精を促すだけ。 「ぁあぁっ!! おねっ、ちゃん……シフォン、イクねっ? んにゅ、シフォンの指……感じてね? ふんんっ、イクっ! イクよぉっ!! おねっ、ふあぁぁああぁぁぁぁぁぁっ♪♪♪」 硬くなったクリトリスをキュッと抓(つね)り、長い愛撫ですっかり弛筋したアナルの中へ、熱い愛液でふやけた二本の指を思いっ切り差し挿れた。 狭い腸内を分け入り、前立腺も、腸壁のヒダヒダも、指を折り曲げてゴリゴリと抉り、容赦無くこそぎ落とそうとしてる。 オレにも同じ。まるでお尻にペニスを挿れられ、激しくピストンされてるかのよう。 そんな事されたら、次々と精子を作り出して、次々と管を通して、尿道へと噴き上げるしか無い。もっ、だめっ。 「ヤメろシフォン!! ヤメっ、ふぎいぃっ!!? っああぁぁっ……とまんない、よぉっ」 ビュクビュクといつまでも終わらない音を響かせて、ストッキングの中に、パンツの中に、大量の精液を漏らした。 力が抜けて膝が崩れ、トイレの床にアヒル座りの格好でお尻を着く。 精液はパンツを濡らし、黒いストッキングにも滲んで白濁に汚していた。 さいあく、サイアクだよ。幾らシフォンの感触だって、お尻を犯されて気持ち良くなるなんて最悪過ぎる。 オレは、ワタシは、妹から離れられないの? 「大好きだよ、お姉ちゃん……ねっ、シフォンに種付けして?」 便座に腰掛けたまま、パンツを横にズラしてアソコを両手で拡げる、たった一人の妹から。 私と同じ髪を肌に張り付かせ、同じ瞳を蕩けさせ、同じ胸を弾ませて、違う性器をヒクつかせてる。 そんな妹に私は…… 306 :『ハンゾウッ、タイマンだZE!!』その1 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] :2009/04/21(火) 21 25 42 ID byGE+nEo 3 はっ、ばっかじゃねーの? 実の兄妹でセックスとかさ、気持ちわりぃよ。 一応ブックマーク登録してページを閉じ、携帯を畳んでブレザーの内ポケットへ。 暇潰しに流行りの携帯小説を読んで見たが、俺にはさっぱり理解できん。昔、ケンシンねぇが買ってた少女漫画には、兄妹恋愛の話しとか在ったし、面白かったけど。 天使禁猟区ってタイトルも未だに覚えてる。実写映画化した、僕は妹に恋をするってのはツマランかったがな。 まぁ、だから兄妹の恋愛を書く奴なんてみんな女さ。認められない禁断の愛に、悲劇のヒロインを気取りたいだけだ。 禁断の愛をテーマに掲げる、実際には存在しない有りがちなフィクション。 「くだらん……」 俺だってそう。ケンシンねぇが実姉だったら、中学の時に三回も告白なんかしない。全部フラれて、もう諦めちまったけど。 本気、だったなー…… 椅子の背もたれに体重を預けたまま、天井の蛍光灯を眺めて溜め息を吐く。広い学食の隅、二人掛けのテーブルで、ラーメンを啜る友人を目の前にして。 「溜め息をするな。メシが不味くなるだろ……何か、あったのか?」 昼休み、雑音と生徒が溢れ返る場所で、それでもコイツは箸を置いて俺の心配をする。 こんな五月蝿いのに、さっさと昼飯を食っちまえば良いのに、メシを食おうとしない俺を文句を言いつつも当たり前に気遣う。 勉強も出来て、運動も出来て、社交的で、誰にでも優しい。軽い口調なのに人が心から傷付く事は決して言わないし、ファッション雑誌に乗っててもおかしくない顔と体型。 同じ男の俺でも、コイツだけは特別だと思う。そんな奴だから、学食の隅でボーっと携帯を弄ってる俺が気になり、他の友人達を断って前の席に腰を下ろしたのだ。 コイツは、加藤 綱(かとう つな)は、俺がこの学校で悩みを打ち明けられる、唯一の親友。 「いや、さ……知り合いの授業参観へ、俺が父親代わりで出席する事になってな」 昼休みが終わった後、学校を早退し、家で着替え、ミツヒデの通う小学校に向かう。 それが憂鬱で、食欲も湧かずに携帯小説を読んでいたのだ。 「はっ? 授業参観ってよ、家族以外が行っても良いもんなのか?」 綱はテーブルに左肘を着き、その手の上にアゴを乗せる。 一見だらしないポーズも、コイツだとサマになるから不思議だ。それでも失恋した事が有るってんだから更に不思議。加藤以上の男なんて、そうそう居ないと思うんだがな? 「あー、隣人が父親代わりに出席するのを担任が許可したんだと。実際は兄代わりらしい。まっ、どっちにしても……行くのがめんどい」 去年まではケンシンねぇが出てたらしいが、今年は外せない用事とやらで行けない。 それで一昨日の夜にピンチヒッターを頼まれ、昨晩はミツヒデが学校で許可を貰ったと嬉しそうに報告して来た。 なら、拒否なんて無理な話し。二人の期待に応えるだけさ。 深く息を吸い、大きく吐き出し、三度も繰り返し、手付かずの食器を持って席を立つ。 「諦めて行ってこい、頑張れよ××××。恥を掻かない様にな」 そんな何気無いセリフを聞いて、微笑して手を振る加藤を見て、唐突に…… 「ぐうっ!?」 本当に突然に、グラリと足元が揺らいだ。 一歩下がる間に下半身へと神経を集中させ、足場を固定し直してバランスを取る。 食器は震えただけ、中身は僅かも零れてない。だけどどうしてだ? 「おい、大丈夫か××××?」 加藤も席を立ち、心配そうに俺の肩を両手で掴む。 「××××?」 何故だ? 加藤に名字を呼ばれただけだぞ? とにかく、返事をしないと。 「はっ、心配すんな加藤。だから……」 だから加藤、お願いだから……俺を、名字で呼ぶな。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/443.html
192 :1/4 [sage] :2007/02/01(木) 23 59 22 ID 1U+KQnna 今、俺の目の前にはチョコレートがある。 そして俺はいったいこれからどうすればいいのか考えていた。 数ヶ月前、28才彼女無し趣味は2chの俺は何をどうやって奇跡を起こしたのか姫野亜弓に 告白された。駅で見て一目惚れしたと。彼女は少し痩せ気味ではあったが青白いほどの 肌をした割と美人な女性だった。告白されたのだが、二次元にしか興味が無くロリ属性を 兼ね備えた俺は丁寧にお断りした。もう少し正確に理由を言えば手首に刻まれた何本もの 傷跡が俺を思いとどまらせた。 そして、姫野はストーカーになった。 まず、無言電話から始まった。電話をとらなければ一晩で50回以上かけてきた。 履歴が50までしか残らないので本当は軽く3桁をこす回数なのだろう。着信拒否をかけると 公衆電話からかかってくるようになった。 193 :2/4 [sage] :2007/02/02(金) 00 00 25 ID 1U+KQnna この頃からメールも来るようになった。俺が朝何時に起きて飯は何を食い、誰としゃべって トイレにいつ行ったかこと細かに書いてあった。そして、夕飯がカップラーメンってのは 健康に良くないです、体を壊さないか心配です、とか、今日話していた子は化粧が濃くて あなたには釣り合いません、などと逐一コメントがあった。 非通知電話と彼女のアドレス(とおぼしきもの)も受信拒否をすると電話はさすがに 無くなった。が、メールだけは東南アジアだとかアフリカだとかの訳の分からないサーバーを 経由して送られてきた。姫野亜弓にはハッカーの才能があったらしい。 登録しているアドレス意外からはメールを受け取れないようにした。すると今度は 2日に一回、郵便受けに手紙が舞い込むようになった。 俺は次々と連絡手段を絶つ意外は一貫して無視の態度をとっていた。 下手に反応を返せば喜ぶと思ったからだ。 だが、しばらく手紙攻撃が続いた後で友人達に手が及んだのには腹がたった。電話で もう彼とは付き合わないで下さい、あなたといるとあなたの汚さが彼にうつるかもしれない、 彼をたぶらかさないで下さい等々と述べたてたらしい。 194 :3/4 [sage] :2007/02/02(金) 00 01 14 ID xMkeqk+n 5人の友人に姫野から電話があった翌日、俺は帰り道で物陰から姫野をひきずり出して 思い切り平手で殴った。 そして大声でふざけんなストーカー女がいい加減にしろ、てめえの事なんざゴキブリ程度にも 思ってねえんだよというようなことを喚いて去った。 それが3日前だ。 そしてつい数時間前。 「はじめまして姫野真弓です」 姫野亜弓の妹だという女が訪ねてきた。 とりあえずその子を家にあげることにした。制服だし見たとこは女子高生だ。 「これ、お姉ちゃんからです」 「…えーと、俺にってこと?」 「はい。チョコレートです。バレンタインの。少し早いですけど」 「ちなみに今…亜弓さんはどうして…?」 「傷がちょっとやっぱり膿んじゃって発熱してます。あ、命に別状は無いから大丈夫ですよ」 「俺のせいか…」 「え?違いますよ?手首です手首。傷つけることは良くあったんですけど切り落としたのは初めてで…やっぱり危ないですよね。だから指にしようって言ったのに」 「……」 195 :4/4 [sage] :2007/02/02(金) 00 02 22 ID xMkeqk+n 「じゃあ、長居するとお姉ちゃんに殺されるんで私帰りますね」 「あ…ああ」 「チョコ、絶対に食べて下さいね。お姉ちゃんの身を削った愛が詰まってるんですから」 姫野真弓は言いたいことだけ言って帰って行った。 そして俺の前にチョコレートが残されている。どうすべきか。 食べるという選択肢は無い。一切無い。…切り落とした手首の行方を俺は知りたく無い。 だが捨てるのは…果たして捨てて大丈夫な代物なのか。腐敗臭のする可能性のある状態で あれば俺が疑われる危険性がある。 とりあえず箱を開けて形状を確かめればいいのだが…もし手の形をしたチョコレートが 入っていたら俺はきっと立ち直れない。 俺はいったいどうすればいいのか。答えは当分出そうに無かった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1219.html
245 :いなばとさかめ (1/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01 45 45 ID bVR/i4+L 昔むかし、あるところに、1人の「兎」のような青年と、1人の「亀」のような少女がいました。 「兎」の青年は、名を「因幡(いなば)」と言い、たいそう女の子にもてていました。 とても男前と評判の人相で、よくわからない、自作の細長く白い髪飾りを二本つけた変わり者です。 「亀」の少女は、名を「蓑亀(さかめ)」と言い、たいそうドジでのろまな娘でした。 いつもは長い髪を前に垂らしていて目元が窺えず、何故か常に重そうな甲羅を背負う変わり者です。 「なあ蓑亀、なんでお前さんは、そんなに足が遅いんだ? その重そうな甲羅を外したら、少しは早足になるんじゃないのか?」 「うるさいよ因幡、それはできない相談なのよ。 これはあたしのお母様が残した、大切な甲羅だから、捨てられないの。 あんたこそ、その変な二本の白い髪飾りを外しなさいよ、この勘違い男さん?」 「これは俺のお洒落だ。これに文句をいうなよ、このドジっ娘ちゃん?」 二人は決して心の底からいがみ合うでもなく、まるで子供のような苛め苛められの関係でした。 しかしとうとうある日、いつもしつこい因幡の態度に、蓑亀は我慢ができなくなりました。 「いい加減にしてよ! そんなにあたしの足が遅いと言うなら、競争(かけっこ)でもしてやるわよ! その結果によっては、もうあたしのことを、のろまなんて苛めないでよっ!?」 普段は多少ひね気味とはいえ、これまで目立った激昂などしなかった蓑亀に、誰もが驚きました。 しかし因幡だけはあまり驚かず、むしろ楽しそうに、蓑亀の提案に乗ってきました。 「ようしわかった。ならばここから南の「果て山」の頂上にある「一本大樹」まで競争しよう。 俺が勝ったら、俺の言葉に文句は言わない。お前が勝ったら、俺を好きにすればいい。 まあ、俺にはお前に負ける要素など、どこにもないがな。なんせお前はのろまだからな」 売り言葉に買い言葉というものか、この物言いに蓑亀もつい乗ってしまいました。 「ええ、それでいいわ。じゃあ明日の朝日が山から昇ったら、この場所から出発しましょう?」 そして次の日。競争が始まる――朝日が山から昇るほんの少し前のことです。 因幡と蓑亀は、昨日と同じ場所で、競争のための準備をしていました。 周囲には何故か、噂を聞きつけた因幡の取り巻き女たちや、付近の住民たちが集まっていました。 しかし蓑亀も因幡も、そんなことなど気にしていませんでした。 そして出発前に、蓑亀に向けて、因幡がこんな提案をしてきました。 「蓑亀、お前の足は遅いから、優しい俺はお前に少しだけ、施しをやるよ。 お前が出発してから、半刻過ぎた頃に、俺が出発してやる、いいよな?」 明らかに馬鹿にした発言に、蓑亀は少し苛立ち、反論しました。 「だからあたしのこと、あまり馬鹿にしないでよっ! ――あたしもあんたと一緒に出てやる。じゃないと勝負の意味がない」 しかし因幡のほうはその反論に取り合わず、結局「施し」を譲りませんでした。 そのうち、出発地点にいた因幡の取り巻き女たちの野次に負け、仕方なく施しを受け入れました。 そしてついに朝日が昇り、号令役を買って出た「住民その一」の合図が上がりました。 「それでは、位置について、ようい――ドン!!」 その大声に押し出されるように、蓑亀は勢い良くその場から駆け出しました。 しかしその足取りは、お世辞にも速いとはいえないものでした。 246 :いなばとさかめ (2/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01 47 10 ID bVR/i4+L 競争を始めて一刻過ぎた頃―― 結局、丘を八つばかり越えた辺りで、蓑亀は因幡に追いつかれてしまいました。 「ふふん、相変わらずのろまだな、蓑亀ちゃん。 俺は本気を出してないのに、もう追いついちまったぜ? 悪いけど、俺はお前に負けてやるつもりなどないぞ。それではさらばだ」 そんな一声とともに、因幡は蓑亀を置き去りにして、本当に先へ行ってしまいました。 その健脚はとてもすさまじく、瞬き三度する間に、丘の向こうに消えてしまいました。 そしてその場には、取り残された蓑亀がただ一人、寂しそうに呟いていました。 「ふふ……、わかってたじゃない。あいつはあたしのことなんて、なんとも思ってないのに。 惨めだよねあたし。今あいつが来てくれた時、本当は心細かったから嬉しかったのに。 ――構わないわ、あたしは負けるとしても、最後まで走りきってみせるから。 もう、何ひとつ最後までできない『のろまなかめ』なんて、言わせないんだから……!」 そう叫んで、彼女は因幡の後を追うように、再び果て山への道を目指して走り出しました。 それから数刻後―― 果て山に続く道の途中にある、木々と湖に囲まれた、とある森の木陰の一角でのことです。 ここは多少視界が悪いために、普段から人気がなく、とてもとても静かな場所です。 そこに何故か、余裕の高いびきをかきながら眠る、因幡の姿がありました。 「はぁ……、なにをやっているんだろう、このイナバカ兎は。 あたしのこと、そんなに余裕で勝てる相手だと、思い込んでいるのかしら?」 ならばこちらも、その油断につけこんで、さっさと先に進ませてもらおう―― そう思ってふと因幡の寝顔を見た時、蓑亀は思わず、その歩みを止めてしまいました。 「こいつ、こんな可愛い寝顔をするんだよね……。 普段は、あんなにあたしを、意地の悪い顔で苛めるくせに、ね……」 そう、実はこの蓑亀という少女、密かに因幡に惚れていたのです。 けれど因幡は多くの女たちにもてて、彼女のことを振り向きもしませんでした。 それどころか、彼女の欠点をあげつらえ、小馬鹿にするような態度をとり続けていました。 だけど、蓑亀は知っているのです。 一見女遊びが激しく、女たちを傷つけていそうな彼は、決して付き合う女性を泣かせないことを。 二股などは一切せず、誠実に別れ話を告げてから次の女性と交際する、意外に真面目な因幡の性格を。 その上、決してもてること自体を周囲に自慢せず、若い女たち以外にも公平な態度をとる男であることを。 それなのに、何故か自分だけ、ほんの少しだけど苛められてしまうのです。 その事実に、いつも彼女は傷つき、いつも泣いてばかりでした。 今回のこの競争だって、少しでも彼に認めて欲しくて、勢いで思わず挑んだだけなのです。 「あんたは――あなたはいつも、他の女性ばかりを追い続けている。 あたしはあなたのことを愛しているのに。こんなにも愛していると、心の中で叫んでいるのに。 イヤだ、あたしはあなたに、どこかに行って欲しくなんて、ないのに……!?」 247 :いなばとさかめ (3/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01 47 46 ID bVR/i4+L そんな時、ふと彼女の頭の中で、今は亡きお母様の言葉がよみがえりました。 『蓑亀、この甲羅はね、貴女や私のご先祖さまが大切に守ってきた、霊験あらたかな甲羅なのです。 普段は重いだけだけど、中に身体を引っ込めれば、人がふたりは暮らせる大きさがあります。 そして中にいる間は、外からのどんな災いからも守られ、誰にも邪魔されることはありません。 この甲羅のおかげで、私は貴女のお父様と結ばれたのですよ。うふふふ………』 その話を思い出した途端、蓑亀は言葉では言い表せないほどの、恐ろしい笑みを浮かべました。 そして何かを呟きながら、これまで家の外では脱いたことのない、大きな甲羅を脱ぎ始めたのです。 「うふふ……、そうだよね。やっぱり態度とかじゃあ、わからないよね? ちゃんと、行動で示してあげないと、あなたは振り向いてくれない――そうよね?」 そして現れたのは、この世のものとは思えないほどに均整な、一糸纏わぬ少女の姿でした。 丈夫な甲羅の中に隠れていて、ずっと守られていたためか、傷ひとつない芸術品のような身体―― 重い甲羅をずっと支え続けていたため、女性の丸みを帯びつつも引き締まった、奇跡的な全身―― 加えて、それまで長い髪で隠れていた目元を晒し出した彼女は、絶世ともいえる美少女でした。 「大丈夫、大丈夫よ因幡。あなたの気持ちはあたし、ちゃんとわかってるつもりだから。 いつもドジだのろまだと馬鹿にするのは、あたしの気を引きたかったからなんでしょう? いつも他の女と遊んでばかりいたのは、あたしに当てつけて、振り向かせたかったからでしょう? だったらね、あたしがちゃんとね、あなたの望みを叶えてあげるね――」 そう言って、寝ているままの因幡を両腕で抱えて、蓑亀は自分の脱いだ甲羅に潜り込みます。 長年甲羅の重さに耐えてきたその肉体には、男ひとりの重みなど、軽いものでした。 そして完全に甲羅に潜り込んだ蓑亀は、内側から入り口を封印してしまいました。 この場所には人気が全くないため、このことは誰にも知られることはありませんでした。 - ※ - ※ - ※ - ※ - ※ - ※ - そして十年の月日が経った頃―― 蓑亀はおろか、因幡さえ辿り着くことのなかった、果て山の一本大樹は、変わらずそこにありました。 不審に思った因幡の取り巻きや他の住民たちが、必死で探したものの、ついに彼らは見つからず―― 誰もが諦め、口をつぐみ、そして忘れ去られたその場所に、ひとつの影が近づいていました。 「うんしょ、うんしょ……、やっぱりコレ、おもたいなぁ……」 その影は、まだ年の頃は十にも満たない、可愛らしく幼い少女でした。 その頭には、どこかで見たような、白く細長い二本の髪飾りがつけられており―― そしてその背には、かつてのろまと苛められた少女が背負っていた、大きな甲羅がありました。 「うんしょ……、っと、やっとついたぁ~」 誰もいない大樹を愛おしそうに眺め、少女は一人、静かに歓びました。 そして、少女は最後に、青い空を見上げながら、ただ一言、ぼそりと呟きました。 ――ねえ、おかあさま。ねえ、おとうさま。これでアタシ、ヤクソクをはたせたよね? ― めでたし、めでたし…… ―
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1886.html
286 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 41 39 ID l+2rZwWw 修学旅行と聞いて皆さんはどんな気持ちになるのだろうか。 嬉しい? ワクワクする? 待ちきれない? まあ様々な気持ちはあるだろうがプラスの感情を抱く人が殆どだと思う。 いつもはクールぶってる秀才君も悪ぶってる不良君も修学旅行と聞けば少しはプラスの感情になるのが一般的ではないだろうか。 そういう意味では俺は、いや俺達東桜高校二年生一同は少数派に入るのかもしれない。 「修学旅行かぁ……」 窓の外を見つめながら亮介が呟く。 電車の窓はかれこれ一時間ほど、同じような田んぼを写し続けている。 「まさかこれほどとはね……。去年が羨ましいよ」 「言うな英!気が滅入るからそれ以上は言わないでくれ……」 英の恨み言を咄嗟にシャットアウトする。 去年が沖縄だったのに対して今年が僅か二時間ほど電車で行ったところにある姉妹校で二日間授業を受けるだけ、 と聞いたら今の俺なら発狂してしまう可能性があるからだ。 「ま、まあ元気だそうよ!授業が終わった寝るまでは自由時間だし向こうで友達作ろう!ね?」 大和撫子さんは何が嬉しいのか俺の隣でウキウキしていた。瑠璃色のポニーテールを嬉しそうに揺らしている。 「……大和さんはポジティブなんだね」 「はい!白川君とだったら何処でも楽しいです!……あ、えっと…」 いきなり顔を真っ赤にする大和さん。忙しい人だけど見ていて飽きないな。 「お世話でも嬉しいよ、ありがとう」 「えっ、あ…はい…」 今度はしょんぼりとしてしまった。一体どうしたっていうんだ。 「主人公って何で決まって朴念仁なんだろうね」 英がこちらを見ながら笑顔で何か言っている。意味はよく分からないが言葉に棘があるような気が…。 『次は終点、終点、東雲(シノノメ)~東雲です』 アナウンスがしてようやく二時間にも及ぶローカル線の旅が終わった。 西桜(セイオウ)高校。 東雲町のちょうど中心部に位置するこの学校は約30年前、 つまり東桜高校と同じ年に創設された伝統ある高校で東桜高校の初代創設者とは昔から親友だったそうだ。 そこで二人の創設者はお互いの高校の親睦を深めるため何年かに一回、交互にお互いを招待しようと誓いあったらしい。 そしてそれは30年経った今でも両校の伝統として脈々と受け継がれているのだった。 「それで今年がちょうど俺達東桜側がこの西桜高校に招待される年だった、って訳だね」 西桜高校の廊下を歩きながら英が感心したように言う。 校舎には所々にヒビが入っており改築中だった。 「しっかし大きいな!ウチの二倍くらいあるんじゃねぇか!?」 亮介の言う通りこの高校はとにかく大きかった。教室の数も東桜の倍近くあるんじゃないだろうか。 「東雲町は田舎だからね。土地が安いってのもあるし、創設者が元々は地主だったらしくてね。町に学校を作る為の土地を無料で提供したらしいんだ」 先頭に立って俺達2年4組の生徒を先導してくれる西桜高校の先生が説明してくれた。 歳はとても若くまだ二十代前半で教師に成り立てと言った感じだ。 その後も先生は西桜の色々な場所を案内してくれた。 当人も二年前からこの学校で教鞭を振るっているらしく「まだ見習いなんだけどね」と苦笑いで話していた。 その割に生徒、特に女生徒からよく声をかけられるのはその中性的で整った外見のせいかもしれない。 学校紹介を終えて西桜高校の校門に戻った俺達。どうやら今日はこれで終わりらしい。 「とりあえず学校案内はこんな感じかな。明日からは時間割通り授業だから、遅刻しないようにね」 こうして俺達の東雲町での生活が始まった。 287 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 43 15 ID l+2rZwWw 東雲町はありふれた田舎町といった感じだった。コンビニはあまりなく田んぼがちらほらと見える。 俺達が泊まるホテルはビジネスホテルといった感じでその周辺だけが微妙に都会だったが。 「やっぱり空気は美味しいな」 ホテルに着いた後、夕食まではひとまず自由時間らしいので一人で散策することにした。 本当は英や亮介も誘った方が良かったのだか、何となく今は一人になりたい気分だった。 大和さんに呼ばれていたような気もしたが……まあ気のせいということにする。 「公園か……」 町をぶらぶらと歩いていると公園が目に留まった。 家の近くにある公園と似ていて何だか懐かしくなったので寄ってみることにする。 決して広くはない公園にはブランコや砂場、滑り台などがあり端には青いベンチがあった。 「……あれ?」 そしてそのベンチに人が座っていた。地元の人だろうか。いや、あれは……。 「外国…人……?」 風邪になびく金髪に透き通った青い目。 まるでよく出来た西洋人形のような女性がそこに座っていた。 「……何か用ですか?」 「え、えっと……」 話し掛けられて始めて女性をずっと見ていたことに気が付く。 しかも彼女の声もまた美しく透き通っていて、聞くものを皆魅了してしまいそうだった。 「……制服?」 「あ、その……俺、修学旅行でこっちに来ている高校生なんです」 緊張しながらも女性の問いに答える。 会長も日本人離れした容姿をしているがこの女性はとても日本人には見えない。 もっと声を聞きたくて自然と彼女の隣に座っていた。 「修学旅行……。こんな田舎に?……嘘みたいね」 「俺もそう思います。でもウチの高校の伝統行事みたいなもので」 「伝統行事?」 「はい。何でも30年くらい前に……」 見ず知らずの人とこんなに会話するのは初めてだ。 女性も俺の話に興味があったようで気が付けば二人で意気投合していた。 「じゃあライムさんも最近この町に?」 「ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって」 女性はライムさんといって、想像通り日本と外国のハーフだった。 ここでも"ライム"だなんて最初に名前を聞いた時は驚いたが、ここ最近起こっていることに比べれば大したことはないのかもしれない。 むしろ日本人で"らいむ"なんて名前の方が珍しいだろう。思わず鮎樫らいむの顔が浮かんだが考えないことにした。 何処の国とのハーフなのかは教えてもらえなかったけれど、旦那さんがいて今妊娠6ヶ月らしい。 よく見ると確かにライムさんのお腹は膨れていた。 「本当はね、外に出るのは禁止されてるの」 「今の時期、危ないですもんね。事故にでも遭ったら大変ですし」 「……まあ、そんなところかな」 ライムさんは何処か寂しそうに呟く。ちょうどその時、5時を知らせる鐘が町に響き渡った。 「やっべ!もう5時か!?急いでホテルに戻らないと!あ、ライムさんは?」 「私は旦那をここで待つから」 「じゃあ気をつけて!今日はありがとうございました!楽しかったです!」 ライムさんに一礼をしてから公園を走り去る。 「私も楽しかったよ!ありがとう、白川君!」 あの透き通った声で名前を呼ばれたのが嬉しくて、帰り際にまた一礼をしてしまった。 288 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 44 49 ID l+2rZwWw 「ふぅ、良い湯だなぁ。なっ、亮介!」 「お、おうっ!」 夕食の時間ギリギリにホテルに着いていつものように黒川先生にお説教(公開処刑版)をくらった後、俺と英と亮介は露天風呂に来ていた。 他にも結構な数の男子がいるのだがこのホテルの露天風呂は泳げるくらい広く、おまけに室内風呂まであるので意外とゆったりと湯に浸かれた。 「……要、何だが今日はやけに上機嫌だね?」 「まあな。ここのところ有り得ないような出来事が連続しただろ?」 「確かにな。アンドロイドにクローンにめっちゃ強いメイドさん……。正直今でもあんまり実感ないぜ」 「そうそう。だからたまにこうやってのんびり出来るだけで、そりゃあ上機嫌になるさ」 本当は今日のライムさんとの出会いが少なからず影響しているのだろうが、そのことは何となく秘密にしておきたかった。 「……そういうものかな」 「そういうものさ!……ん?何だこの穴……」 「穴?」 背中に違和感を覚えて移動すると俺が座っていた部分に穴が空いていた。 お湯の中にぽっかりと空いているその穴は、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさだった。 「……何だろうね、これ?」 英が不思議そうに頭を傾げる。 亮介が潜って先を見てみたがお湯の濁りであまりよく見えないようだった。 「謎の穴、だな」 「……どうしたの要?」 たまたまそういう気分だったのかもしれない。 もしくは旅行先の思わぬ出会いで浮かれていたのかもしれない。とにかく無性にこの穴の先が気になった。 「……俺、ちょっと行ってくるわ」 「おう……っておい!?」 「か、要っ!?」 英と亮介が止める隙もなく俺は潜って穴の中に進んだ。 穴は途中から少し曲がっていたが何とか通れる。問題は息継ぎだ。無我夢中でお湯の中を泳ぎつづけるが中々穴の出口にたどり着かない。 (さ、流石にこれは……あっ!) 息止めも限界に達しそうになった時、やっと穴の出口にたどり着いた。上には光が見える。 (ま、間に合えぇぇえ!) こんな所で死んだら洒落にならないからな。全力で進みようやく―― 「っぷはぁ!!……はぁはぁ、た、助かった……」 息を吸うことが出来た。 何回か思い切り深呼吸をして地上の素晴らしさを実感した後、周りを見回してみる。 「……同じ露天風呂、か」 潜る前と同じような景色が目の前に広がっている。露天風呂内を繋ぐ穴だったのか。 「……とんだ無駄骨じゃねぇか」 溜息をつきながらその場から動こうとする。今頃英と亮介が慌てている頃だ。早く二人の元に戻らなければ。 「……タオル?」 岩影からタオルが流れてきた。誰かのが流されたのだろうか。岩影から顔を覗くと人影が見えた。 「やっぱり同じ露天風呂かよ……」 タオルを掴んで近付いて来る人影に放り投げようとしたその瞬間 「あ、ありがとうございます!タオル流されちゃって」 「っ!!?」 聞こえてきた声に反応して咄嗟に岩影に身を潜めた。 ……何だ今の声は。まるで……まるで女の子の声だったような。 「あ、あれ?確かこの辺に人影が見えたんだけどな……」 「……マジかよ」 どうやら俺の耳は正しかったようだ。近くで女の子の声がする。 まさか……ここは露天風呂でも女湯の方でこの穴は禁断の……。 289 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 45 50 ID l+2rZwWw 「あっ、あったあった!あたしのタオル」 「っ!!」 自分がタオルを持っていることに気が付いた。これが声の主が探しているタオルか。 というか声の主がこちらに近付いて来る。こうなったら―― 「えっ!?」 「………」 突然岩影からタオルを持った手が出て来たら誰でも驚くだろう。しかし今の俺にはこれが限界だった。 もし右腕が骨折してなかったら衝撃波で女の子を吹き飛ばすという選択肢も……いや、これしかないだろ。 「あ、ありがとう」 「………」 恐る恐るタオルを受け取る女の子。よし、そのまま帰ってくれ。 「……貴女、一人で入ってるの?」 「………」 良いじゃないか一人だって。人間誰しも独りになりたい時くらいあるだろうに。 とテレパシーで伝えようとするがそれに反するように女の子は岩影に近付いて来る。 「もし良かったらあたし達と一緒に入らない?これも何かの縁だと思うから」 「………」 何と言うお節介を。いや、決して悪い人ではないのだが今の俺には悪すぎた。 一体どうすればこの窮地を脱することが出来るのだろうか。 仕方ない少々辛いがこの穴を通って戻るしかない。 (かなり疲れるが仕方ねぇ……せーの!) 「とりあえず隠れてないで出て来なよ」 「なっ!?」 潜ろうとしたその瞬間、出したままにしていた左腕を引っ張られ、態勢を崩してしまった。 勢い余ってそのまま岩影の外へ―― (……ありえねぇ………) どうやら走馬灯というのは本当に存在するらしい。音も光も全てがゆっくりと動く。 そして見事に女の子の目の前に引っ張られた勢いのまま飛び込んだ。 「……へっ?」 呆然とする女の子。 そりゃあそうだろう。女子だと思っていた奴が女湯にいるべきではない男子なんだから。 このまま叫ばれて俺の高校生活は終わりか……。 「し、白川……君?」 「……えっ?」 「や、やっぱり白川君だ。こんな所で何してるの……?」 瑠璃色の髪を束ねたその女の子は何と大和さんだった。 何と言う偶然。大和さんの頬は紅潮し目は獣を見るようだ。 これは神様が俺にくれた蜘蛛の糸かもしれない。慎重に答えないと……。 「あ、えっと……。そこにある穴がさ!」 「穴?……!黙って!!」 「なっ!?」 「撫子~?タオル見つかった?」 「おっ、あったみたい……ってアンタ、何してんの?」 一瞬だった。 近くに友達がいること瞬時に感知した大和さんは巻いていたタオルをカーテンのように広げて俺の姿を隠してくれたのだ。 まさに早業。 しかし急に広げられたので思わず目の前に現れた彼女の引き締まった身体を凝視してしまった。どうやら大和さんは着痩せするタイプのようだ。 ……これはもしかしたら潤よりあるかもしれない。 「い、いやぁ何か暑くて!こうすると涼しいかなぁ!?」 大和さんの声は少し震えていた。 彼女が顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら射殺す勢いでこちらを見ていることに気付いてすぐさま目を閉じる。 ……いかん、どの道死亡エンドだ。 「大丈夫?私たちもう上がっちゃうけど」 「う、うん!わ、あたしはもう少し入るから!」 「じゃあロビーで待ってるからね」 そう言うと大和さんの友達は離れて行き、周りには誰もいなくなった。 「……た、助かった」 「………白川君?」 どうやら助かったと思うのはまだ早いようだ。 290 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 47 13 ID l+2rZwWw 「……ということなんだ。本当にゴメン!」 「…………」 あれからしばらく気まずい、というかひたすら無言で睨まれ続ける。 このままではやがて死亡エンドに成り兼ねないので必死にここまでの過程を大和さんに説明していた。 「でもさっきも言ったけどわざとじゃないんだ!偶然ここに繋がっていて!」 「……見たでしょ?」 「うっ……」 何を?なんて馬鹿な台詞は死んでも言えない。この状況で"見た"物なんてたった一つしかないのだから。 「見たんだ。見たんだ。……み、見たんだ!?」 さっきのように顔を真っ赤にさせて俺を殴ろうとする大和さん。 「た、確かに見た!見たけど忘れた!いや、忘れます!」 それを躱しながら必死に弁解をする俺。端から見ればじゃれ合っているようにも見えるがお互い必死だ。 一方は羞恥心と怒りをぶつけようとし、一方は上手い打開策を考えている。 「はぁはぁ……。な、何で全部避けられるの!?」 「……鍛えてるから?」 つい最近まで桜花と一緒に特訓していたし、彼女や桃花に比べたら大和さんは全然速くない。 まあそもそもあの二人を基準にすること自体が間違っているのだが。 「何で疑問形なのよ!……もういいっ!」 「あ、大和さん!」 俺を殴ることを諦めて立ち去ろうとする大和さんの腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。 このまま終わっても誤解されたままだ。それだけは何とか解かなければ。 「……何よ」 「その……本当にゴメン!俺、何でもするから!」 頭を下げて謝る。我ながら情けないとは思うが仕方ない。パンチでもキックでも受けるしかない。 「……何でも?」 「ああ!…あ、家買えとかは無理だけど」 「じゃあ付き合って」 「勿論!………へっ?」 顔を上げると大和さんが俺を見つめていた。 何故だろう。彼女の目を見た瞬間、言葉では言い表せないような身の毛のよだつ寒気を感じた。 俺は周りに誰もいないこの状況をすっかり忘れていたんだ。 時折聞こえるシャワーの音が唯一俺達をこの世界に繋ぎ止めてくれているようだった。 291 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 49 00 ID l+2rZwWw 「うわぁ…。やっぱり綺麗だね、星空」 「ああ、そうだな」 深夜。俺と大和さんはこっそりとホテルを抜け出して東雲町を散歩していた。 「桜ヶ崎から見る星空とは全然違うんだ」 「こっちの方が空気は澄んでるからな」 大和さんの言う通り夜空には満天の星が広がっており、それぞれがキラキラと輝いている。 「ゴメンね、付き合わせちゃって。一人だと、抜け出す勇気なくって」 「それ分かるわ。まあ何でもするって言ったしさ」 あの後大和さんの協力により、何とか女湯を誰にも見つからず脱出した。 英と亮介は脱衣所にいて、俺を見た途端亮介は「友よっ!」と言って抱き着いて来た。 英は俺が無事戻って来たことに安堵しているようだった。 二人に一部始終(大和さんの名誉の為に一人で脱出したことにしたが)を話すと、 英には「よく生きて帰って来れたね」と感心され、亮介には「主人公補正って恐ろしい…」と何故か怖がられた。 「でも迷惑じゃなかった?いきなり星空を見たい、だなんて」 大和さんが不安げな表情で俺を見てくる。 瑠璃色のポニーテールを揺らしながら聞く彼女は、バックの星空と相まって中々絵になっていた。 「むしろ最近バタバタしてたから良い気分転換になったよ。ありがとな」 「……それなら良いんだけどね」 大和さんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。 ……結局「付き合って」というのは"散歩に"という意味で彼氏彼女の関係とか、そういうものではなかった。 安心したような残念なような、複雑な気持ちだ。これだから思春期はいかんな。 何でもすぐ好意やフラグだと思ってしまう。冷静にならなければ。 「白川君ってさ」 「ん?」 「白川君って……す、好きな人とかいるの?」 「……はい?」 思わず間抜けな返事をしてしまった。大和さんはまた顔を真っ赤にしながらも、俺を真っすぐ見つめている。 「い、いるの!?」 「いや、そうじゃなくて……いきなりどうしたの?」 「い、いいから質問に答えて。何でもするんでしょ!?」 「……マジっすか」 「マ、マジっす…!」 おいおい。いきなり何だこの展開は。 何でクラスメイトの前で好きな人を言わなきゃならない。修学旅行の夜の恋話でもあるまいし……。 あれ、今って修学旅行の夜か。じゃあ、あながち間違っては……いやそういう問題じゃねえだろ。 「いるの?いないの!?」 大和さん、目が血走っています。しかし好きな人って言われてもな。 ふと鮎樫らいむの顔を思い浮かべる。透き通るような長い黒髪に端正な顔立ち。たまに浮かべる妖艶な笑み。 そして―― 『記憶はなくしたって身体は覚えている。心に刻まれている。そう簡単には忘れないわ』 『…本当の要を、知りたい?』 ……何でこんな時に鮎樫さんのこと思い出すんだ。 「……白川君?」 「あ、えっと……好きな人なんていないよ」 「そ、そうなんだ。へぇ…そうなんだ。ふふっ、そうなんだ」 何が嬉しいのか、にやけた顔を隠そうともしない大和さん。 結局そのまましばらく星空を見た後、ホテルに戻った。 大和さんが別れ際に「良かったらまた明日も」と言っていたので、どうやら明日も散歩しなければならないようだ。 部屋に戻ると英と亮介はすでに寝ていた。 俺も二人を起こさないようにベッドに潜り込んで寝ようとしたが、鮎樫さんのことが頭から離れない。 「鮎樫らいむ……か」 今日公園であったライムさんとは全くの別人だ。 なのに名前が似ているだけでこんなにも気になるものなのか。 「……考え過ぎだよな」 関係があるわけがない。 今日偶然会ったライムさんと、あの鮎樫らいむの間に繋がりなんてない。 そのはずなのに得体の知れぬ不安感は拭い去れなかった。 292 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 51 35 ID l+2rZwWw 修学旅行二日目。俺たちは西桜高校で授業を受けていた。 結局のところ、2年4組がそのまま東桜から西桜に移動して勉強するだけだ。 まあ先生が違ったり前もって決めておいた班で実験やディスカッションしたりと、細かい箇所は違うが些細なことだった。 つまり修学旅行というなの通常授業なわけで、そりゃあ盛り上がるはずもなく放課後を迎えた。 「悪かったね、色々手伝って貰っちゃって」 「いや、好きでやってるんで」 社会科準備室に地図や資料などを運び込む。 昨日学校を案内してくれた、佐藤晧(サトウコウ)先生の手伝いをしていた。 まあ手伝いと言っても右腕が使えないので、左腕で軽い教材を持つくらいなのだが。 「せっかくだからこの東雲町のこと、知ってもらおうと思ったんだけど……」 俺と先生の持っている資料の殆どには"東雲町郷土史"と書いてある。 「失敗したんですか?」 「……大多数の人達が寝てたかな。やっぱり郷土史は退屈だもんね」 苦笑しながら社会科準備室の鍵を閉め、歩き出す佐藤先生。俺も後からついていく。 確かに郷土史は退屈だったが俺は佐藤先生が好きだ。 これといった理由はないが何となく先生の話を聴き入っている自分がいた。 佐藤先生とたわいのない話をしながら昇降口へと向かう。 ふと先生を見ると星型のストラップが一つだけ付いている、シンプルな黒い携帯を開いているところだった。 「そのストラップ……」 「ああ、これ?綺麗だろ。好きなアイドルのコンサートに行って買ったんだよ」 誇らしげにストラップを見せてくる先生はいつもとギャップがあって面白い。 まさか先生の中に"好きなアイドル"なんてものが存在していたこと自体が驚きだ。 「先生に好きなアイドルなんていたんですね」 「まあね。芸能界を引退した、とか言われているけど僕は彼女の復帰を信じているよ」 佐藤先生をそこまで熱中させるアイドル。一体どんな人なのか気になった。 「先生、そのアイドルって……」 「ああ、分かっちゃった?やっぱり半年前くらいまでは大人気だったもんね、鮎樫らいむは」 「いや、知らな………えっ?」 急に息が苦しくなる。心臓が痛いくらい鼓動しているのが分かる。 今先生は何て言ったんだ。 「でも仕方ないと思うな。あの金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声。コンサートに行った時はそれは大興奮だったね」 「……………」 冷や汗が止まらない。頭が割れるように痛いし、心臓の鼓動もより激しい。 つまり……いや、待てよ。金髪に澄んだ青い目?俺の知っている鮎樫らいむとは全くの別人じゃないか。 やっぱり俺の勘違い―― 『ええ。旦那がね、この町は空気が綺麗だからって』 「っ!!?」 「し、白川君!大丈夫か!?」 息苦しい。呼吸が出来ない。自分の心臓の音が頭の中で鳴り響いていて先生が何を言っているのか分からない。 ライムさんは……あの人は一体何者なんだ。そして鮎樫らいむは……いや、本当の"鮎樫らいむ"は誰なんだ? 薄れゆく意識の中でそんな疑問がぐるぐると渦巻いていた。 293 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 52 33 ID l+2rZwWw 雨が降る町の中を一組の男女が歩いていた。 一本の傘の中、二人は寄り添うように歩いている。 「何でわざわざ傘に入ろうとするんだよ。自分で避けられるだろ」 要は文句を言いながらも隣を歩く彼女が濡れないように傘を持つ。 「全く分かってないわね?避けられる避けられないの問題じゃないわ」 そして彼女もまた、要が濡れないようになるべく彼に寄り添っていた。 「じゃあ何が問題なんだよ?」 「それはね、男子が女子をエスコートしなければならないということなのよ。この雑誌にもね……」 長い黒髪を携えた彼女が鞄から一冊の雑誌を取り出す。それを見た要は溜め息をつきながら彼女を制した。 「もうCamCamはいい。その雑誌には嘘しか載ってないって何回言えば分かるんだ」 「いやいや、要。これさえあれば誰でもモテかわガールになれるんだよ」 その雑誌はCamCam、通称"キャム"と呼ばれる10代後半から20代前半の女性をターゲットにしたファッション雑誌で、若者の愛読書とも言われている。 よって世俗の知識が皆無な彼女が、それをまるでハウツー本のように崇める気持ちも分からないではないのだが。 「その雑誌には嘘が多過ぎるんだよ」 それでも『モテる笑顔術☆』や『男を一発で落とす表情と仕草!』など読んだ結果、 どう考えてもふざけている様にしか見えない特集の数々を要は認めることが出来なかったのだった。 「この前見せたのはたまたま駄目だったけど今度は……あ」 「ん?どうした?」 急に立ち止まり大きなビルのスクリーンを見上げた彼女につられて要も見上げる。 そこには今や国民的アイドルとなった"鮎樫らいむ"の姿が映っていた。 煌めく金髪に澄んだ青い目。そして透き通る歌声は、今いる日本のどんなアイドルも到底敵わない。 「鮎樫らいむ、またアルバム出すのか。凄い人気だな」 周囲を見回すと皆、立ち止まってスクリーンを見つめている。 この異常な光景もまた、鮎樫らいむの人気を物語っていた。 「私、彼女と知り合いなんだ」 「ふーん………はぁ!?」 彼女の爆弾発言に要は思わず公衆の面前で叫んでしまう。 「要、うるさい」 「あ、わりぃ……じゃなくて!本当に鮎樫らいむと知り合いなのか!?」 「うん。だって私が"鮎樫らいむ"って名前、考えたんだよ?」 次々と彼女の口から飛び出す爆弾発言に要は呆然とするしかなかった。 そんな要を尻目に彼女は話を続ける。 「あの子、本当はライム=コーデルフィアって名前で小国コーデルフィアの王家……あ、これオフレコだ」 彼女があまりにもリアリティのない話が逆に真実味を醸し出していた。 「じゃ、じゃあ……鮎樫らいむって名前は……」 「鮎樫らいむという人物は存在しないわ。どう?中々良い名前でしょ」 スクリーンでは鮎樫らいむ、もといライム=コーデルフィアが新曲を歌い終えて挨拶をしている所だった。 「……らいむは本名だから分かるけど、鮎樫って」 何とか爆弾発言の数々を受け止めた要は至極当然の質問をする。 "鮎樫"は珍しい、というかアイドルとしては致命的なくらい覚えにくい名字だ。 「それはね……凄い偶然だったんだよ」 彼女はスクリーンを見ながらその時のことを思い返すように目を細めていた。 「偶然……?」 「そう。つまり"リバース"の関係なのよ。彼女と私はね」 こちらを向いた彼女は意地悪そうな笑みを浮かべていた。こういう時の彼女は謎掛けをして要をからかっているのだ。 溜め息をつきながらも要は考え始めるのだった。 294 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/09/19(日) 23 53 29 ID l+2rZwWw 「……ここは?」 「お、目覚めたか。どうだ、気分は?」 目の前には黒川先生の顔。部屋の作り的にここは俺達が泊まっているホテルのようだ。でも何か良い香りがするな。 「俺……」 「西桜高校の佐藤先生から連絡があってな。とりあえず私の部屋で寝かせておいたんだ」 「……今、何時ですか?」 「8時くらいだな。それより何処か悪いところはないか?」 「大丈夫です。ただの寝不足だと思うので」 8時か。じゃあライムさんには今日はもう会えないな。 夢…にしてはリアリティのあったな。もしかすると今まで見てきたのも全て夢じゃないのか。 「白川、大丈夫か?」 「あ、はい。ご迷惑をかけてしまい、すいませんでした」 「とりあえず部屋に戻った方が良い。何かあったらすぐ私に言うんだぞ?」 「はい。失礼します」 部屋を出て扉を閉める。英と亮介、心配してるかな。早く戻らないと。 「……リバース、か」 さっきの夢に出て来た少女。あれはどうみても鮎樫らいむだった。 でも本当の鮎樫らいむはアイドルの偽名でそれはライム=コーデルフィア。 ……そしてそのアイドルは俺が昨日会ったあのライムさんとそっくりだった。 「……一体どういうことなんだよ」 わけが分からない。じゃあ鮎樫らいむと名乗ったあの少女は何者なんだ。 『…私たちはね、生まれ変わったんだよ』 「っ!!?」 頭が割れそうだ。思わず廊下に倒れ込む。 あの少女のことを考える度に激しい頭痛が俺を襲う。まるで身体が思い出すことを拒否しているようだ。 ……思い出す?一体何を思い出そうとしているんだ。 「…はぁはぁ」 何とか立ち上がることは出来た。だがまだ鋭い頭痛は止まない。 「……明日、行こう」 ライムさんの所へ。それではっきりするはずだ。 ライムさんの正体や鮎樫らいむの正体。そして俺の記憶も取り戻す。 潤や英、亮介や会長や遥。皆との日常を俺は絶対取り戻してみせる。 深夜。ホテルのロビーには人影が一つあった。 その人影はしばらくロビーをうろうろとしていたが、諦めたのか瑠璃色のポニーテールを揺らしながら部屋に戻っていった。 「……罰ゲーム、だからね?白川君…」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/281.html
466 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 14 26 ID ZE6PRlQg ポケットには収まりきらないような怪物、縮めてポケモン―― 僕達が住んでいるこの世界には、そう呼ばれる、人間とも、その他の動物とも一線を画した独自の生物群が存在している。 容姿は種族によって異なるのだが、人間と、植物や動物とのハイブリッドのような見た目をしているものが多い。 ポケモンは種によっては、動物や植物、はたまた人間と交わり種を残す、という特殊な芸当が出来るものもいる。 そしてそんな容姿どおり、彼らは、人間に使えないような特殊な能力と、植物や動物には無いような、人間に近い高等な頭脳を備えている。 我々人間は、そんな彼らと時に協力し、時に相愛し、そして時に対立しながら生きていた。 今日は十五の誕生日。 僕達の国には、ポケモンと人間の相互理解のために、十五になるとパートナーとなるポケモンをつれて、国内を旅する、ということが法律で定められている この旅は、パートナーとの友好度や戦術、出会ったポケモンの数やパートナーとなる契約をしたポケモンの数、それらのポケモンの生態などの研究等々の個人の資質と、人間とポケモンの人格を測る、国による試験も兼ねている。 将来ポケモンの研究をしたい僕にとっては、研究員の資格を得るために、厳しい試練をクリアしてポケモンマスターを目指すというシビアな旅なのだった。 というわけで、夢の実現を果たすための第一歩、パートナー候補のポケモンとパートナー契約を結ぶべく、あのポケモン研究の権威である大木戸博士の助教授を勤めていたこともあった、宇津木博士の勤める上都ポケモン研究所に来ていた。 467 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 14 49 ID ZE6PRlQg 「はあ……」 白を基調をした明るい色合いの研究所の前で、僕はため息をついた。 実は落ち着かなくて、ついつい説明会の三時間も前に来てしまったのだ。我ながら、度胸がない自分が恥ずかしい。 「はあ……」 さすがに三時間前じゃ研究所内に入ることも出来ない。もう一つため息をつくと、その辺で暇を潰そうと、研究所をあとにしようとする。 「はあ……」 と、研究所に背を向けた僕の耳に、僕のものではないため息と思われる声が聞こえてきた。 右を見れば、大きな赤い目を持つ、女の子がいた。 髪は萌黄のような黄緑色をしていて、深緑の玉で縁取られた黄緑のワンピースを着ている。 そしてこれまた黄緑のポシェットを脇に提げていた。 ここまでなら、ちょっと変わった可愛い子だなー、で通っただろう。 しかし、彼女の頭頂部からは、深緑のような深い緑色をした大きな葉っぱが生えていた。 ポケモンだ。 見た目から考えて、おそらく草タイプに分類されるであろうポケモンの美少女が、悩ましげな表情を浮かべて、研究所を見ていたのだ。 もしかして、彼女も旅の参加者なのだろうか。 若干幼い印象を受けなくも無いものの、十五に見えないことも無い。 しかし参加者ならば普通まだ集まってもいないだろう。なにせ三時間も前だし。 まあ、ここで出会ったのも何かの縁だ、どうせこれから暇だし、話しかけてみるか。 「あのー、もしかして参加者の方ですか?」 「ひゃ! あ、あの、どちらさまですか?」 驚かれてしまった。僕はそんなに怪しい風貌をしているのだろうか。ここ数日、緊張のあまり満足に寝れなかったからかなり血色は悪いだろうけど。 「い、いやー、こんなところにいるから、もしかして参加者の仲間かなーと思ってさ。僕は参加者のゴールド。人間だよ」 「まだ説明会まで三時間もありますよ? 一体何を考えているんですか?」 と、少女から冷たい口調で厳しい台詞と、アホを見るような視線を受けた。 まったくの正論なんだけどさ……。 「は、ははは、落ち着かなくてさ。じゃあ君は個人的用事なのかな?」 僕は苛立ちが表面にでるのをなんとか押さえ、苦笑いをしながら、彼女に尋ねた。 「いえ、私も参加者なので」 彼女は平然とそう答えた。 468 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 15 17 ID ZE6PRlQg ……おい。 人を馬鹿にしといて、自分も参加者かよ。 「じゃあ、どうして三時間も前に来たのさ?」 「そんなの、私の勝手です。いちいちうるさい人ですね」 彼女は顔をしかめ、煩わしそうに答えた。 ……あれぇ? 僕うるさかったかなあ。うーん、そんなにうるさくした覚えはないんだけれども。 「もしかして、緊張のあまり早く来すぎた、なんてことはないよね?」 「そ、そんな訳ないです! どこかのバカと一緒にしないで下さい!」 まさかと思いつつもカマをかけて見たら、ものすごく分かりやすいリアクションをしてくれた。 「ぷ、くくく」 僕はそんな彼女の様子がおかしくなって、思わず笑い出してしまった。 「な、そんなにおかしいですか! あなただって同じなくせに!」 「いやあ、僕のほかにこんな人がいるなんて思っても見なかったからさ」 「一緒にしないで下さい!」 同じだと言ったり、一緒にするなと言ったり忙しい子だ。 しかし、こうしてみると、彼女のふくれっつらも、厳しい言葉も可愛らしく思えるから不思議だ。 彼女はしばらく僕を睨んでいたが――もしかしてこれがにらみつける? 僕の防御力を下げているのか?――、突然プイっとそっぽを向き、そのままズンズンと大股で歩き出した。 「どこに行くのさ」 「ついてこないで下さい! 警察に訴えますよ!」 う……随分と嫌われたものだなあ。もしかして僕はポケモンが不快になるような何かを出しているのだろうか――いやいやそんなはずは無い。ポケモンの友人も結構いるし。 となると、やはり寝不足のせいかな。 原因をそうと決め付けた僕は――け、決して現実と向き合うことを逃げたわけじゃない――、ちょうど研究所の傍にある公園にベンチがあるのを見つけ、時間までそこで横になることにした。 ポカポカとした朝の日差しとさわやかな春の風が気持ちいい。 寝不足の僕がそんなコンボを喰らって無事でいられるわけがなかった。 僕はそのまま眠りに落ちていってしまった。 「う、うーん……」 眩い日差しに照らされて僕は眼を覚ました。 目を開けると、太陽がかなり高く見える。 上体を起こし、寝ぼけ眼をこすりながらポケギアを開く。 表示されていた時間は、説明会の開始時間を三十分も過ぎていた。 頭の中にかかっていた霞が、一瞬で蹴散らされた。 ベンチから飛び降り、ダッシュで研究所に向かう。 入り口には研究員と思しき、白衣を着た男が一人立っていた。 「す、すいません! 説明会って」 「ああ、もう始まってるよ。早くポケギア出して」 研究員は参加する予定だった人数がそろってないことから、僕が遅刻していることを分かっていて立っていたのだろう、呆れたような視線を僕に向ける。研究員は態度だけでも「余計な手間増やさせやがって」という言葉が聞こえてきそうな様子だ。 469 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 15 42 ID ZE6PRlQg 僕はさっきから手に握り締めっぱなしのポケギアを研究員に渡すと、男はそのポケギアを機械にかざした。 ピッ、と電子音が鳴る。 「はい、これでOK。会場は壁に貼ってある順路図のとおりに進んでいけば分かるから、急いでね」 「はい! すいませんでした!」 僕は研究員から返してもらったポケギアを握り締め、研究所に入った。 壁には分かりやすいように矢印の印刷された紙が貼ってある。 僕が走ってその矢印のとおりに進むと、程なく会場の前の角についた。 角を曲がった先、つまり会場と思われる場所から人の話し声が漏れ聞こえてくる。 まずいな……。当然だけど完全に遅刻じゃないか……。 立ち止まって少し呼吸を整える。 「はあ……」 ため息を一つつき、覚悟を決める。 「はあ……」 と、僕のものじゃないため息がどこかから聞こえてきた。 冷静になって見てみれば、角の陰から黄緑の物体が覗いて見れる。 そして、深緑の葉っぱがピョコンと陰から飛び出した。 ……見、見なかったことにしよう。 それだけで陰にいるのが誰だか分かってしまったけど、彼女と話している時間はない。それに遅刻しといて、その上廊下で話しているとかどれだけ非常識なんだ。 ……こんな日に遅刻しただけで十分非常識であることはよく理解している。 こんな時間にこんなところにいるってことは、やはりなんらかの事情で遅刻してしまい、そしてそのことが後ろめたくて会場に入るに入れず途方にくれている、といったところだろう。 まるで僕みた――いや、こんなこと、知るだけで彼女は怒るだろうな。 僕は胸を張って大股に歩き、角を曲がり彼女の前を通り過ぎた。 横目に、目を見開き、口をポカーンと空けている彼女が見えたが、視線も向けずにスルーした。 目を合わせれば、確実に会話か口論が始まる、という確信があったからだ。 僕はそのまま一息に会場の扉の前まで来ると、ゆっくりと扉を引いた。 「すいません! 遅刻しました!」 人の頭を見なくていいように、深々と頭を下げる。 会場は一瞬間静寂に包まれ、そしてその後笑いが巻き起こった。 見えないが、痛いほどの視線が降り注がれているのがよく分かる。 「あー、いいから空いている席に座りなさい」 困惑したような声が僕に向けられた。 宇津木博士のものだろう。 顔を上げると、会場には五十人くらいの人間と、同数のポケモンがいた。 ほとんどはもう前に向き直っているが、中に数人、ニヤニヤしならがこちらを見ている者もいる。 470 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 16 19 ID ZE6PRlQg 会場内を見回すと、空いている席は前のほうにしかない。 僕は小さくなりながら、人々の脇をとおり、その空いた席に着いた。 と、僕に続くように席に着いた者がもう一人。 見れば、例の彼女だった。 僕に便乗して、目立たないようにしたわけか。 僕は恨みがましい視線を向けてやるが、彼女は微妙に視線を正面から反らして、顔が見えないようにしている。 心の中でまたため息をつくと、机に置かれた資料を開いた。 宇津木博士の説明はその資料に準拠したものであり、その資料を見れば遅れてきても困るような点は無いようだった。 しばらく続けられた説明の後、宇津木博士は机の上に置かれた封筒の中を見るように指示した。 「これが、人間とポケモンとのパートナー契約書です。先ほど説明したとおり、必ずこの会場内で一人一人がパートナー契約を結ばなくてはなりません。 ご存知のとおり、整備された街道から僅かに外れただけでも野生のポケモンが出没します。もしそれが凶暴なものであったら、無力な人間だけではどうすることもできないからです。 逆に街では人間と共にいるということが警察の保護を受けられるということになり、ポケモン自身の身を守ることになります。というわけで、これから自由時間としますので、パートナーとなる人を決めてください」 その言葉で、静かだった会場内がワッと騒がしくなった。 ……パートナー契約ってどうやったらいいんだ? もしかしたら、いやもしかしなくても最初の方に説明があったのかもしれない。 資料の目次を見て、それと思しきページを見る。 えーと、役所が発行している人間とポケモンで契約書を交換して、その後その契約書を役所に届け出るらしい。……ここ研究所だよな。 と当惑していたら、早くも契約を結んだと思しきペアが宇津木博士に契約書を渡していた。なるほど、今回に限り、博士のほうで手続きしてくれるのか。 そうこうしているうちに、もう半分近い人たちが契約を済ませたか契約に入ったかしている。これはまずい。 とりあえず、序盤のジムの都合上、炎タイプか電気タイプ等の属性のポケモンと契約したい。一番まずいのが草だな。飛行にも虫にも弱点とかいいとこなしだ。序盤はまだ慣れないのに弱点続きは避けたい。それに草タイプは全体的に弱い、という研究報告もある。 となればうかうかしれられない。一人でいるポケモンを見つけると、早速話しかけてみる。 「あのー、契約まだですよね? 僕とけいや……」 「ごめん、こんな大事な日に遅刻してくるような非常識な奴とは契約できない」 冷ややかな視線を向けられ、一蹴されてしまった。 う……やはりかなり悪印象のようだ。 しかし気にしてもいられない。すぐに別のポケモンに声をかける。 「あのー」 「すいません……」 声をかけただけなのに、頭を下げられ、そしてそのまま歩き去られてしまった。 そりゃあポケモンにとってもパートナー選びは大切だ。人によって長さは異なるが、しばらく旅を共にすることになる相手だ。もし僕がポケモンだったとしても、こんな日に遅刻してくるような常識の欠如した奴とは契約したいだなんて思わない。 そうと分かっていてもこれは凹む。どうして寝過ごしてなんかしまったんだ、と悔やまずにはいられない。 471 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 17 01 ID ZE6PRlQg そうこうしているうちに、ほとんどの人が宇津木博士の前に出来た列に加わっているか、契約を終えて会場から出てるかしてしまっていた。 残っているのは…… と、会場内を見回したところで、あの彼女と目が会った。 彼女もコッソリ入ったとはいえ、大体の人が遅刻してきたことに気づいているだろうし、それに見るからに草ポケモンだから倦厭されているのだろう。 ジムリーダーは定期的に入れ替わるっていうけど、草にとって相性の悪いタイプが最初に二つ続くなんて、今年旅立つことになる草ポケモンはかなり理不尽な思いをしているに違いない。 しかし同情はしても彼女と組む気にはなれない。 彼女も考えていることは同じらしく、すぐに視線を逸らした。 しかし妙なことに、彼女は自分から人に声をかけている様子がない。 おかしいとは思ったものの、僕も視線を逸らして人を探す。が、もう全員が契約を結んでしまったようだ。 なんてこった……。じゃあ彼女と契約を結ぶほかないじゃないか。 しかし僕はそんなことはおくびにも出さず、彼女に歩み寄る。 「あ、あのさ、もうみんな契約しちゃったみたいだし、僕と契約しない?」 だが、僕の言葉を聞いた彼女は露骨に嫌そうな顔をして、会場内を見渡した後、多分誰も他に残りがいないことを確認したのだろう、大きくため息をついて、契約書を差し出してきた。 「早く出しなさいよ……」 彼女は苛立たしげに僕を睨む。 それで僕は慌ててその契約書を受け取ると、急いで契約書を取り出した。 「あ、朝も言ったけど、僕はゴールド。ポケモンマスターを目指してるんだ。よろしくね」 僕はなるべく明るい口調で言いながら契約書を差し出した。 彼女はそれをぞんざいに奪い取ると、ボソボソと話し出した。 「私はチコ……何その手?」 「あ、握手でもしようかと思って」 「止めてよ」 厳しい口調で言うと、彼女は僕の手をはらった。 さ、さすがの僕でもこれだけやられたら平常心ではいられない。……でも、ポケモンマスターを目指す旅となれば、かなり長い旅になることは必至。ならば旅に出る前から関係を悪化させるようなことは出来ない。 しかしこんなに失礼な態度をとり続けているってことは、彼女――チコは必須課題の“おつかい”だけで旅を終える気なのだろうか。 確かに、必修の課題はこれだけだ。これを終えれば、一応旅を終えることは出来る。……その代わり、ポケモンと人間の双方が関わるような仕事には絶対に就けないが。 彼女はもしかしてかなりの差別主義者で、最初から自分の出身のポケモンコミュニティー内で、人間とは関わらずに生きていくつもりなのかもしれない。となると、早々に野生のポケモンとパートナー契約しなくてはな。 僕は陰鬱な気持ちに包まれたが、だからといって仏頂面を向けてるなんて無礼だと思い――もっとも、チコはずっと無表情なのだが――、一応の笑みを作っておく。 チコは僕の顔を一瞥すると、目を伏せた。 か、顔も見たくないってことか!? 「じゃ、じゃあ宇津木博士のところ行こうよ」 僕はそれでもくじけず、顔に笑みを貼り付けたまま努めて明るい声で言った。 「……はい」 それに対して彼女は、もはやダウナーとも言える空気を出している。 く、くじけないぞ! くじけるもんか! 僕は心の中で自分を励ましながら、宇津木博士の前の列に並んだ。当然最後尾だ。 他のコンビはぎこちないながらも、互いに自己紹介をしたり、談笑したりしている。 それなのに、僕達ときたら……。 まったくの無言だ。しかも彼女はうつむいていて、表情すら伺えない。 ……なんだか、少し泣きたくなってきた。 そんな地味な罰ゲームのような一時を耐え、ようやく僕達の番が回ってきた。 472 :ぽけもん 黒 旅立ちの朝 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/03/23(日) 02 17 24 ID ZE6PRlQg 僕達は博士に契約書を差し出す。 「君達で最後か……えーっと、若葉町在住の若葉ゴールド君と、若葉町在住の香草(かくさ)チコさんだね」 「はい」 「……はい」 宇津木博士は僕達の名前を読み上げると――香草さんっていうのか。しかしこの町に住んでいるのに一度も会ったこと無いなんて――契約書をスキャナーで取り込んだ。 「はい、これで登録されたよ。後はお互いに契約証明書にあるバーコードをポケギアで読み込んでね。後、これがおつかいで届けるものだから。それと、入り口にいる助手から傷薬を受け取ってね」 そう言って博士は二通の契約証明書とポケギアくらいの大きさの、茶色い紙で包装された小さな小包を差し出した。 僕はそれを受け取ると、僕のものだった契約書を香草さんに差し出した。道具類の管理は人間の仕事だから、この小包は当然僕が持つことになる。 彼女はポシェットからポケギアを取り出すと、契約証明書のバーコードをリードしていた。 僕もそれにならって、ポケットからポケギアを取り出すと、バーコードをリードした。 するとポケギアがピピッっと電子音を発し、写真を含む彼女のデータを表示した。 へー、タイプはやはり草、それも単色だ。特性は深緑。使える技は蔓の鞭に宿木の種、それに体当たりの三つか。……睨みつけるは使えないんだな。確かに僕の防御力が低下したように思ったんだけれども。 「じゃあ行こうか」 僕はまだポケギアを覗き込んでいる香草さんに声をかける。……人間のデータなんてほとんど見るところ無いんだけれどな。 彼女は答えることも無かったが、ポケギアをしまって歩き出した。 やれやれ、とため息をつきたいのをなんとかこらえながら彼女の後に続く。 そしてそのまま無言で研究所の入り口まで来た。 「はい、傷薬ね。これで仕事終わりだー」 入り口に立っていた白衣のお兄さんから傷薬を渡された。お兄さんは大きく伸びをしている。 「まだ日も高いし、早く行きましょ」 見れば彼女はもう研究所から数十メートル進んでいる。 「もう、遅いわね。何もたもたしてるのよ」 僕が走って追いつくと、彼女は苛立たしげに言ってきた。 「な、なんかさっきとテンション違わない?」 彼女の声質は先ほどのボソボソした陰気ものとはまったく異なり、大きく明るいものになっている。それに表情もどこか晴れやかだ。 「ああ、室内の蛍光灯の明かりじゃほとんど光合成出来ないんだもん。まあ鈍感な人間には十分みたいだけど」 なるほど、やはり草ポケモン、日差しが強いと活発になるらしい。 しかし、なんだか遠まわしに悪口を言われたような。 まあそんな些細なこと気にしていたら、これからのしばらくの彼女との二人旅を生きていけそうも無い。 「何ぼーっとしてるのよ、急いでよ」 「あ、歩くの早いよ」 僕は、短時間でかなり減少してしまった僅かな期待と、これからの莫大な不安を胸に、ポケモントレーナーとしての一歩を踏み出した。